第9話 残り火
気がつけばあの不倫騒動から半年が過ぎた。季節は秋。小学校では恒例の文化祭の準備が進められていた。何事もなかったかのように時間は過ぎてゆく。
6年生の保護者はクラス委員の田中さんと私が中心となりパンやドーナツ、飲み物販売のブースを担当することとなった。
恐らくいろんなルートで不倫の話は広まっているようで、喫茶店で話して以降、牧さんと栗原さんの姿を学校で見ることはなくなった。
「では各自責任を持って、持ち場の仕事をよろしくお願いします」
文化祭の当日。クラス委員の私達はみんなより早めに学校へ行き、長テーブルの準備を始めた。
「早いよねぇもう文化祭だもん。私達ふたりでここまでよく頑張ったよ〜」
「これを乗り越えれば後は卒業式。もうすぐ他の6年生の保護者もくるし、みんなで早く終わらせちゃいましょ」
私はふたりでテーブルを運びながら、順調に準備が進む体育館を見渡した。すると入り口あたりがなんとなくざわめき異様な雰囲気になっていた。
「ん?何かあったのかしら?」
「なになに?イケメンの椿原先生でもいるんじゃないの?私もっとちゃんとメイクしてくればよかったわ〜」
中腰で作業を続けていた田中さんがそう呟く。しかしそこに現れたのは、イケメン椿原先生ではなく、栗原さんだったのだ。彼女はうつむき加減で周りを見渡し、誰かを探しているようだった。
「あの……牧さんいらっしゃってないですか?」
すると田中さんがこれまでのイライラをぶつけるように栗原さんに答える。
「えぇずっと来られてないですよ。ご存知ないんですか?私と田村さんのふたりで6年生のクラス委員の仕事はやってきましたから」
栗原さんは申し訳なさそうに頭をさげた。
「お手伝いできなくて本当に申し訳ありませんでした。これ並べていいですか?」
そう言うと彼女は有無を言わさず、段ボールからペットボトルを出して並べてゆく。
「栗原さんいいですよ。大丈夫ですから」
「栗原さん……」
すると再び体育館の入り口の方がざわつき数名がコチラに向かって歩いてくる。
あ、ヤバっ。
あのナリはどうみても、牧さんから聞いてた元ヤンの木下さんを筆頭にサッカー部の保護者御一行であることに間違いない!ターゲットはもちろん栗原さんだ。
「ちょっと!なにしてんのよアンタ。どの面さげてここに来たのよ。どんな神経してんのよ」
「あなたのせいで牧さん外に出れなくなったのよ」
「ねぇ聞こえてるの?もう帰りなさいよ」
か、噛みつき方もハンパねぇーーー。まるで私と田中さんのことなんて見えてないって感じ。
「私、牧さんからメールをもらって」
小さな声で栗原さんは呟く。
「はぁ?牧さんがアンタにメールなんて送るわけないでしょ」
「あ〜アレじゃない?また他の男でも探しに来たんじゃないの?寂しくなったんじゃない?」
言いたい放題のサッカー部保護者御一行。しかしこれだけ怒っているのには理由があった。
不倫発覚後、子供達にも変化があった。さすがに小6にもなれば親や周りの環境の変化に敏感になるもの。部活の練習中に祐也くんと空くんはケンカを複数回起こし、夏休み頃から学校に来なくなったらしいのだ。それ以降サッカー部全体の雰囲気も悪くなり、一時期は部活休止期間まであったほどだ。サッカー部の保護者達が、栗原さんを目の敵にするのも当然なのかもしれない。
しかし今日は子供達の楽しみにしてる文化祭。大人の戯れ言で汚したくはない。私は勇気を出して声をあげた。
「あ、あの。落ち着いてください。もうすぐ子供達も来るので準備終わらせませんか」
木下さんは栗原さんを睨みつけながら、小さく舌打ちした。
「もうなんなのよあの女」
不服そうな顔をしながらもみんな持ち場に戻っていった。
「田村さんありがとうございました」
「いえ、子供達のためなので」
私からの控えめな嫌味は彼女の心に届いただろうか。自分で起こしたことだもの同情の余地などない。6年生のブースの準備が完成し、周りを見渡すとそこにはもう栗原さんの姿はなかった。
「さすがにキツかったかな栗原さん。私なら泣いちゃうかも。そういえば変なこと言ってたね。牧さんいらっしゃってますか?とか。どういう意味だったんだろ」
「さ〜ねぇ。牧さんの生霊にでもここに呼び出されたんじゃない?」
「やだ。田村さん変なこと言わないでよ」
この文化祭の後卒業式の当日も、牧さんと栗原さん親子を学校で見ることはなかった。
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第9話を読んでいただきありがとうございます。あっという間にここまで来ました。
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明日も15時更新予定です。
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