022. ヴァリオン教の怪物
「■■■■■■■■■■‼︎‼︎‼︎」
咆哮を上げて出現したのは、ひと言で表せば怪獣だった。
身の丈十メートルはあろうかという巨体は、シュモクザメのようなハンマーヘッドが乗っており、右目から左目ぎりぎりまで大きな口が開いていた。
全身は鱗ではなく真っ黒な皮膚で、至る所から粘液を垂れ流している。
「何だこいつは……⁉︎」
呆然と怪物を見上げ、ゼストは思わず呟いた。
「ふふふ。この子はヴァリオン。伝承にある邪神よ」
お気入りの人形を自慢するように、マリアは告げた。
「ヴァリオン⁉︎ 復活したのですか!」
ネルがゼスト達の気持ちを代弁するかのように叫んだ。
「ええ。ヴァリオン教の経典を読み解いた私は、古代の遺跡で見つけたヴァリオンの卵を、生贄を捧げて孵化させた。そして私に憑いていた【堕天使】をヴァリオンに食べさせた対価として、私はこの子と契約したのよ」
ミラール教の聖女がそれぞれ固有の神聖術を行使できるように、ヴァリオン教の魔女もそれぞれ固有の呪怨術を行使できる。
「私、噂で聞いたことがあるわ。黒魔女マリア固有の呪怨術、【契約】の恐ろしさを」
「ええ。確か、相手の同意を得た場合に限られますが、術者にとって遥かに有利な条件で契約を結べるというというものです。でも実態は、契約内容がどれだけ魔女に有利にはたらく欺瞞に満ちたものでも、相手が少しでも同意を示せば成立するという、強制的な支配に近かったはずです」
スウィンの呟きにネルが答える。二人とも冷や汗を流している。それほど危険な存在なのだ。
「ふふふ。堕天使付きで強大な力を持ち、ただでさえ魔女の中でも最強だった私が、ヴァリオンという邪神の力を得ることで無敵の存在になった。そして聖女であるあなたたちをヴァリオンに食べさせ、その力を吸収させるわ。そうすれば私は聖女も魔女も、いえ、もしかしたら神をも超越する存在になれる! そうすれば私の悲願を果たせる!」
そういうことか。
ゼストは理解した。
何の目的かは知らないが、マリアは自分の力を増すために聖女たちを襲っていたのだ。
「パルーザ公爵を唆したのは君か」
「あら。よくわかったわね。そう。私の情報網にそこの聖女ネルの出生の秘密が引っかかってね。その子の身柄を手に入れるために、王宮内の派閥争いを利用させてもらったわ。聖女ネルが邪魔な人たちにとって、彼女が死んでくれた方が良いみたいだし、私にとっては肉体が有れば、生きていようが死んでいようがどうでも良いもの。最初は聖璽を盗ませて、それを餌にヴァリオン教の本部に誘き寄せようと思ったのだけれど……悉く失敗するんだもの。流石に痺れを切らしたわ。というわけで、あなた達にはここで餌になってもらうわ。今日は私、珍しく気分が良いから楽に殺してあげる」
マリアが本の
ゼスト一行は本能的な危機感を覚え、防御態勢に入った。
そこにマリアの呪怨術で作られた闇の玉が、何重にも打ち込まれる。
呆気なくゼストの防御壁は破られた。多分ネルの術も保たないだろう。しかし、半数以上の攻撃を削げた。
ネルの防御壁とマリアの闇色の球が相殺される。その間に準備していたスウィンが、ありったけの祈りを込めて神聖術の攻撃を放った。
それを読んでいたマリアも頁を捲り、呪怨術で作られた防御壁で弾いた。
スウィンの神聖術の直後を追いかけるように、神聖術で身体能力を強化したゼストがマリアとの距離を詰め、斬りかかる。
しかし弾かれたスウィンの神聖術が天井の壁を崩し、大きな破片がいつくつもゼストに降り掛かった。
「くっ……」
破片を避けるため、大きく後退せざるを得なかったゼスト。
そんな彼を、マリアは嗤う。
「あーあ。残念。もう少しだったのにね。確かに防御壁は物理的な攻撃は防げない。いい作戦ね。とっさにしては良いコンビネーション。仲間に恵まれてるわね。……別に羨ましくなんかないわ。仲間なんて…仲間なんて、裏切るだけ。邪魔よ」
仲間という言葉を発した瞬間、マリアの形相が険しくなった。
親指をかみながら 「友達なんて…友達なんて…」 と呟いている。
呆気にとられたゼストだが、隙ありと見て飛びかかろうとする。だが、踏み込んだ足の裏に運悪く瓦礫があり、それが滑って体勢を崩してしまった。
「危ない危ない。他のことに気を取られていたわ。でもまた残念。いまの私、とても運が良いから。あなたの剣は当たらないわよ」
どういう事だ。
怪訝なゼストの様子に気を良くしたのか、マリアは勝手に種明かしを始める。
「私の半径五メートル以内にいる者の運気を下げる呪いの結界を展開しているから、相対的に私に運気が上がってるのよ」
「そんな事が可能なのか……」
「元々他人を不幸にする術は存在したから、それを結界型に改良して常時展開しているだけよ。まぁ普通は無理よね。普通の信徒では……いえ、私以外の魔女でも無理。そんな呪力を生み出し続けることが出来ないから。でも私には
マリアはそう言って、自らが召喚した怪物を見る。
ヴァイオリンと呼ばれた怪物はいまだ動かない。
そこでゼスト達は、目標を変更することにした。
即ち、マリアは神聖術も近接の物理攻撃も効かない。それは怪物から力の供給を受けて言いるからで、ならば先に怪物を排除するしかないということだ。
今のところ、あの怪物が動く気配はない。もしかしたら本調子ではないのかもしれない。
「ボクが行く。スウィン。ピア。援護を!」
「了解!」
「うん!」
ゼストが風を纏って駆けるようとするが───凄まじい速さで、何かがゼストを弾き飛ばした。
続けて、スウィン、ピアの体も
三人とも動かない。気絶していた。
少し離れた場所から見ていたネルには、何となくだが視えた。
舌だ。
怪物の舌が残像を見せ、恐るべきスピードで三人を打倒したのだ。まるで
ピクリとも動かない仲間たちを見て、ネルは後悔した。己を恥じた。
何も出来なかったことを。
いや。
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