003. 行動開始
「どなたかは存じませんが、助かりました。ありがとうございました」
商人はひとしきり謝意を述べた後、お礼をさせて欲しいのでぜひ我が家によって欲しい、とユーゴを誘った。
ユーゴとしてはこの世界の情報を得たいので渡りに船だった。というか、むしろこれが目的だったので否やはない。
ユーゴを乗せて、馬車は町へと発車した。
その道すがら。御者台に相席したユーゴは自らを記憶喪失と偽った。今までの経験から、それが一番スムーズに異世界生活を始められるからである。
「それはそれは。大変ですね」
カール・デニスと名乗った商人は、ユーゴの予想通りのリアクションをした。
自己紹介によれば、カールはやはり商人であるという。
居を構える町の貴族との大取引のため、はるばる異国まで仕入れに出向き、その帰途で盗賊たちに襲われたという。
やがて町の門にたどり着いた。門番にユーゴの事を異国で雇った用心棒と説明し、問題なく町中に入ることが出来た。ユーゴの着ているレザージャケットが、この国では見かけないデザインだったことも説得に一役買った。
町の名はテリカ。メインストリートには露天が立ち並び、そこそこの活況を呈している。
町並みを眺めながら進んでいると、やがてカールの邸宅にたどり着いた。街の中心部に居を構えていることや立派な門構えから、カールの商いが繁盛していることが窺える。
使用人に食事の用意を命じると、仕事を片付けてくると言って、カールは部屋を出ていった。
それほど待たされることなく使用人がユーゴを呼びに来て、食堂へと案内した。
テーブルに就いたカールとその細君から改めて礼を述べられると、食事が運ばれてきた。食したところ、口に合うようなのでユーゴは安心した。ユーゴにとって飯が不味いのは、敵が強いことより深刻な問題なのだ。
「ユーゴさんは間違いなく異国の方です。身なりがこの国のものとは違いますから。それにテリカからは港町も近い。恐らく其処で何らかのトラブルに巻き込まれて、記憶を失ったのではないでしょうか?」
異国というか異世界なのだが、そんな野暮な訂正を心に仕舞い、ユーゴはカールの商人らしい誤解をそのままに信じる素振りを返しておいた。
「どうでしょう。もし貴方さえ良ければ、このまま食客として私の邸に滞在しませんか?」
ありがたい申し出だが、そこまで甘えるわけには行かない───などと思うほどユーゴは殊勝な性格をしていない。
カールほどの商人になれば手練の用心棒を手元に置いておきたいはずだ。
食客となればそれなりの
お互いWin-Winである。
謝礼ついでの商人らしい算段に、ユーゴは逆に気が楽になった。
すぐに転生者達の情報が得られる保証はない。文無しの身としては活動の拠点が必要だったので、ユーゴは素直に申し出を受けることにした。
食後のワインを飲みながら、ユーゴはこの世界の事を訊いた。
知らなければならないことは山程あるが、差し当たって優先度の高い経済事情や情報を得るに適した店などを。
客間を与えられたユーゴは、翌日から早速情報収集に取り掛かった。
まず向かったのは町の裏通り。
そこに故買屋があると通りがかりの町人に聞いたので、故買屋で自分の身につけているアクセサリーなど必要でないものを買い取ってもらうつもりだった。
何故か。
活動するにあたって資金が必要なのはいうまでもないが、ユーゴはこの世界の貨幣を持ち合わせていない。
カールに無心すればいくらか資金を融通してくれるだろうが、いまの待遇以上の要求は借りになってしまう。
元々ユーゴが生まれ育った日本には高品質なアクセサリーが豊富にある。それは異世界人にとっては未知の品なので価値が高く、高額で売却出来ることが多いのだ。
目論見通り、売却時にそこそこの金額になった。これでしばらくは凌げるだろう。
ホクホク顔でユーゴが情報を集めるため次に向かったのは、いわゆるギルドと呼ばれる冒険者が集まる場所だった。このような場所は全ての異世界にあるわけではないが、この世界にはあったようだ。情報を仕入れるには都合が良いので、ここは運に恵まれた。
その途中、町の役場があったので立ち寄った。図書館ほど蔵書は多くないが、資料室があった。
そこで適当な書籍を手に取り、眺めてみた。
やはり、難なく読めてしまった。初めて目にする文字と文章だが、あたかも慣れ親しんだ日本語のように理解できる。
実を言うと、転移を繰り返していた当初はどの世界の文字も識別できなかった。会話は出来ても文字は読めなかったし、なんなら一番最初に転移した世界は言葉すら通じなかった。
しかし現在のユーゴにはあらゆる言語や文字を初見で解すことが可能な超能力が備わっている。
その能力の名を【
なぜそんな能力を得ることが出来たのか。
それはやはり女神ユーラウリアに起因する。
ユーゴはユーラウリアから与えられたミッションをこなすごとに、褒美が与えられる。
超常の武具や能力など、いわゆるチートと呼ばれる神の恩恵である。
【壁なき言語】が問題なく発動していることを確認しつつ、この町の地図を頭に叩き込んだ。
次にユーゴは冒険者ギルドに立ち寄ったが、カウンターに受付嬢がいるだけで、閑散としていた。もしかしたら冒険を終えた者たちが集まりだすのが夕方以降なのかもしれない。
ユーゴは出直すことにした。
夜になるとギルドでごろつきのような冒険者たちと酒を酌み交わし、何人かと知己を得た。
こんな調子で何日も過ごしたある日の昼。
ユーゴはオープンテラスのカフェでお茶を飲みながら、現在までに得た情報を整理していた。
【黒魔女】
【聖女フィールエルの失踪】
【南国にある自ら動き喋る機械人形】
【対立していた三魔王たちがいよいよぶつかる兆し】
など、いくつか気になるトピックスがあり、どこから手を付けようか思案していると───
「きゃっ⁉︎」
少女の短い悲鳴が大通りから聞こえた。
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