第97話 過去からの復讐者

「正解です」


 したたるように紅いくちびるが歪み、まがまがしい笑みのかたちになる。

 モルテを見つめる瞳の奥には、歓喜と憎悪の炎が渦巻いているかのようだ。


「さしずめ……希代の死霊術師ネクロマンサーエーヴィヒカイト公の……最高傑作といったところでしょうか?」


 そう問われた瞬間、なぜかリムは苦悩するように眉根を寄せた。

 白いのどが動き、ああ……というため息が吐き出される。


「そうであれば、どんなによかったことか」

「それはどういう……いえ、そもそも不死者アンデッドだというなら、あなたはいったい――」


 リムが剣を押し込み、モルテはうしろによろけた。

 肉体強化しているモルテが支えきれない膂力となると、リナ並み――否、それ以上かもしれなかった。


「ゾンビではないですね。材料に死体を使っているのであれば、ひと目でわかりますから。吸血鬼ヴァンパイアか、エーヴィヒカイト公と同じ古代屍王エルダーリッチ? でも、それなら槍で貫かれて平気なのはおかしいですよね」

「まだわかりませんか? モルテ・リスレッティオーネともあろうお方が。なんとも情けないことで」


 リムは愉快そうに笑っていたが、困惑するモルテを見るうちに、その声は低くかすれ、やがて獣のような呻きに変わっていった。


? このわたくしの姿を目にし、言葉を交わして、ここまでヒントを与えているのに……!」

「やはり、あなたとはかつて、どこかで出会ったことがあるのですね? リム・ポルパンド」

「それどころか」


 突然リムは、左手を自らの乳房のあいだに突き込んだ。


「な、なにを――」

「ご覧ください。これが、わたくしの正体です」


 胸から下腹部まで、手刀によって裂かれた傷にリムは両手を差し入れ、左右に広げてみせた。

 やはり血はほとんど流れない。

 

 ただひとつ、肋骨の内側――心臓のある場所には巨大な紅玉ルビーが埋め込まれ、ぬらぬらとでも表現したくなるような、やけに生々しい輝きを放っていた。


「スケルトン……そのルビーは魔法石――魂を収めるためのコアですね?」

「はい。わたくしは、魂持ちのスケルトン。粘土で肉付けして生きた人間のように見せかけただけの不死の怪物アンデッド・モンスターです」


 通常のゾンビやスケルトンには知能がなく、基本的には与えられた単純な命令を繰り返すことしかできない。

 そこで必要に応じ、主に代わって複雑な仕事をこなせる高位の不死者アンデッドが造られるのだが、そのもっともメジャーな方法が、不死者アンデッドに魂を込めることである。

 彼らは自ら考え、言葉を話し、時には魔法さえ操る。

 いまのいままで五大騎ペンタグラムたちと大立ち回りを演じていたリナも魂持ちのゾンビで、モルテの代わりに下位の不死者アンデッドたちを指揮する権限を与えられている。


「なるほど。それで、槍で刺されてもダメージがなかったのですね」

「ええ。この血は皮膚のすぐ下にしか流れていない疑似体液で、生きているように見せるためのものです。よくできているでしょう?」

「すっかり騙されました」

「偽装、欺瞞はあなたの得意とするところ。そのあなたに見破れなかったというのなら、これは誇るべきことですね」

「まったく。さすがはエーヴィヒカイト公といったところでしょうか」


 ふう――と、モルテはため息をついた。


「それでようやく、あなたの言っていることも理解できました。なぜあなたが一方的にわたしを知り、わたしに対して憎しみを抱いているのかを――」


 かつての大戦で、モルテは不死者アンデッド部隊を率いさせるために、多くの魂持ち不死者アンデッドを製作した。

 そのほとんどは戦いの中で失われ、残りもすべて廃棄したものと、彼女は思っていた。


「でも、あなたは――不死者アンデッドに対して、この言い方は相応しくありませんが……」

「そう……大乱戦の果て、行方がわからなくなった魂持ちスケルトンの一体――それをエーヴィヒカイト様が回収し、この姿とリム・ポルパンドという名を与えてくださった」


 リムが自身の胸から腹へと手を動かすと、ぱっくりとあいていた傷口が、まるで最初からその状態だったかのように、きれいに消えてなくなった。

 モルテが嘆息する。


「ああ、まったく……たしかに、そういうことなら、あなたがわたしを憎むのも仕方ありませんね。勝手に蘇らされたあげく、道具として使い捨てられたのですから」

「自覚はあるのですね。しかし、自覚しながらなお、あなたは魂持ちの不死兵を造り続けた。いつかこうして復讐に現れる可能性を考えなかったのですか?」

「それは――」

「考えるわけがありませんね? なぜなら不死者アンデッドは主に絶対服従、抗おうという意思すら奪われる。わたくしも、エーヴィヒカイト様が支配権を奪取して下さらなかったら、あなたを憎いと思うこともできなかったでしょう」


 言葉に詰まるモルテに、リムは言い募った。


「耳を貸すんじゃねえ!」


 リナが仰向けに倒れたまま叫んだ。


「心配しないで、リナ。わたしは、わたしの罪を知っている。いまさら動揺なんて、したりしないわ」

「いい覚悟です。ならば、首を差し出しなさい!」

「それは断ります」


 冷気と炎が、ふたたびモルテに襲いかかった。

 モルテは魔力による障壁を展開し、防御する。

 その額に脂汗が浮かんだ。

 冷気と炎は渦を巻き、物理的な圧力となって障壁を軋ませている。


(長くはもたない……!)


 リムの魔法は高火力にして超高効率。

 無尽蔵でこそないがそれに近く、魔力切れはまず望めない。

 しかもモルテは肉体強化の魔法を使ったために、すでに身体が悲鳴をあげはじめている。


(速攻で勝負を決めようとしてくるのは向こうも読んでいるはず……なら、その想定をさらに上回るしかない!)


 モルテは体内で濃度を高めた魔力を一気に解き放ち、リムの魔法を押し返した。

 間髪入れず、肉体強化魔法を重ねがけ――これまで見せたことのない速度で距離を詰める。

 この状態なら下手な魔法よりも直接殴ったほうが強い。渾身の右ストレートが、リムの頬をとらえた。

 ぐらつくリム。だが、倒れない。逆にモルテの腕をつかみ、凍らせようとしてくる。


(ふりほどけない。なんて力!)


 左手の杖を構える。みぞおちに膝。息がつまり、杖を取り落とした。

 右腕の凍結が進む。痛みがあったのは一瞬で、すでになにも感じなくなっている。


「終わりだ。このまま全身凍らせて――なに!?」


 リムはモルテの右腕から手を放して飛びすさった。

 横合いから振りおろされた斬撃を避けたためだ。


「立てるか?」


 祥吾が無愛想にそう訊ねた。

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