第96話 リム・ポルパンド
よく誤解されるが、召喚魔法の“召喚”とは転移を行うものではない。
対象は主に、契約・隷属・同期といった条件付けを施した生物や魔物。
喚び出されるのは、戦闘や労働といったそれぞれの目的に、最も適した状態を具現化した姿である。
つまり、召喚魔法によって現れるのは条件付けされた対象そのものではなく、したがって喚び出されたモノが倒されても本体に影響はない。
また、ギャグ描写でありがちな「用をたしているときに喚び出されて大変」といったトラブルも起こり得ない。
エーヴィヒカイト城の内部では、城主エーヴィヒカイト以外の術者は召喚魔法が使えなくなるが、これは城に張られた結界が、術者と召喚対象の繋がりを妨害するからだ。
通信が阻害されてデータが送れない状態を想像するとわかりやすいだろう。
では、なぜモルテはボーンドラゴンを喚び出せたか。
簡単な話だ。
モルテが使ったのは、召喚魔法ではない。
通常の個体よりも小ぶりなボーンドラゴンの正体。
それは、先にリナが倒した骸骨兵であった。
バラバラになった数体分の骨をドラゴンのかたちに似せて組み合わせ、それを転移させる――見た目上は、ふつうの召喚魔法とそっくりだった。
実際、魔法に長けたリム・ポルパンドも完全に騙された。
あり得ない現象が起こったことに驚き、主の結界にほころびが生じたか、あるいはなんらかの抜け穴を用いたのではないかという疑念が動揺に繋がりもした。
だが、それでもリムの対処を誤らせるほどの影響はなかった。
たとえ本物のボーンドラゴンが召喚されたとしても、彼女であれば正面から戦って勝つことができる。
絶対の自信は、動揺を容易く抑え込む。
「遅い!」
突進してくる偽ボーンドラゴンに、リムは火球を放った。
その火力、まともに喰らえば数秒ともたない。
モルテは思念を飛ばし、偽ボーンドラゴンの全接合部を分解、四散させた。
荒れ狂う熱波にコントロールを手放しそうになるも、かろうじて回避に成功。すぐさま竜のかたちを復元する。
「SHUGOAA……A……ッ!」
爪と牙による連撃。
だが、到達寸前で動きが鈍る。
すさまじい冷気の噴出が壁となってリムの周囲を覆っているのだ。
急激な気温の低下は、同時に高熱を生み出す。
今度の武器は、炎の鞭。
破裂音を伴う一閃によって、偽ボーンドラゴンの右前肢が切り飛ばされた。
駆け抜けざまに、さらなる一撃。
背骨の真ん中を寸断された偽ボーンドラゴンは、糸の切れた人形さながら、あえなく地面に落下した。
「どいてろ!」
リナがモルテを庇って前に出た。
その背中に手を当て、モルテは呪文を唱える。
防御魔法の光が、ゾンビメイドの全身を包んだ。
獲物を捕らえようとするヘビのように、炎の鞭がとんでくる。
リナが防御しようと掲げた槍に、鞭は絡みついた。
耐熱、耐冷、耐衝撃効果を持つ防御魔法は、対象の持ち物すべてに作用する。
もしこれがなければ、鋼鉄製の槍は飴のように溶断されていただろう。
リナが思い切り腕を引くと、炎の鞭はリムの手を離れた。
時を置かず逆側から、空気を凍てつかせながらリムの剣が迫る。
リナが地面に身体を投げ出して剣を避け、同時に後方で詠唱を終えていたモルテが魔法を放った。
純粋な魔力を打ち出したかに見える透明の弾丸は、それを防ごうとしたリムの腕にぺたりと張り付いた。
次の瞬間、弾丸は無数の触手に変じている。
攻撃魔法に偽装した拘束魔法――魔力で形成された触手は熱の影響を受けることなく、リムの身体に巻きついてゆく。
「こんなもので……!」
一瞬、リムの身体が膨れあがったかに見えた。
体内を巡る魔力を増幅させ、一気に外へ放出したのだ。
その圧力に耐えきれず、リムを拘束していた触手が弾け飛ぶ。
自由を取り戻したリムは、キッとモルテを睨み据えた。
左手に火球が生まれる。
「今度はこちらの番――」
言いかけたところで、リムの身体がぐらりと揺れた。
「な……に……」
リムは、自身の胸部を貫いたものをまじまじと見つめた。
「油断したな」
リナがニヤリと笑った。
大量の魔力放出を真正面から受けたため、メイド服は焼け焦げ、顔や手足にも酷いやけどを負っている。
リナは両腕に力を込めた。
深々と突き刺さっていた槍の穂先がさらに肉をかき分け、背中から飛び出した。
致命傷だ。
いかに
「それはこちらの台詞です」
リムが左手をリナの腹部に近づける。
爆音が響いて、リナの身体が後方に吹き飛んだ。
胸を貫かれた状態のまま、火球を放ったのだ。
「リナ!」
モルテが叫ぶ。
起き上がろうとしたリナの両足が、リムの剣によって切断される。
「テメェ! なんてことしやがる!」
動けなくなったリナを放置して、リムはモルテに向かった。
目は血走り、口許には歪んだ笑みが張り付いていた。
(なぜ……どうして動けるの?)
繰り出される剣を必死に杖で防ぎながら、モルテは考えた。
動ける傷ではない。
なのに、リムはなにごともなかったように戦闘を行っている。
それどころか、疾風の剣さばきはモルテを仕留めんと、ますます鋭さを増すようであった。
「あなたは……いったい……」
「まだわかりませんか」
まるでいたぶるように、刃がモルテの腕に傷をつけていく。
「ここは不死王の城……なのに、不死王の側近が尋常の生き物であると、なぜ思えるのです?」
ようやくモルテは、リムの傷口からほとんど血が流れていないことに気づいた。
「まさか」
リムの笑みが大きくなる。
「まさか、あなたは……
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