【毎週土曜日更新】死がふたりを繋ぐまで ~死霊術師さんはゾンビのおれと添い遂げたい~
葦原青
第1部
第1話 はじめ……まして?
人生を太く短く生きるか、細く長く生きるか。
そんな問いかけをされたとき俺が思うのは、なぜ二択なのか、ということだ。
生きるのは面倒なものだし、この世は長居したいほどいい場所とも思えない。
目立つのが好きなほうでもないし、しんどい思いとも無縁でいたい。
だからおれは、細く短くでいい。
そんなおれでも、人生における目標というか、願望みたいなものはある。
決して大げさではなく、ほんの――ほんとうにほんの、ささやかな願い。
おれの周りの人たちには笑顔でいてほしい。
ただ、それだけだったんだ。
◇
目を覚ます。
ベッドの上。視界にあるのは天井だ。
見慣れたそれではなかったが、漂う薬品の匂いと独特の雰囲気は、よく知ったものだった。
病院――そこのベッドに、なぜおれは横たわっているのか。
思い出せない。
起きあがろうとすると、全身に痛みが走った。
呻きつつ、視線を動かすと、ギプスをはめられた状態で吊られている左脚が見えた。
なんだ、これは。
おれの身に、いったいなにが起きたんだ?
「動かないでください」
切羽詰まったような女の声がした。
「よかった……よかったです。もしかしたら、このまま目を覚まさないんじゃないかって……でも、動かないで――くれぐれも安静にしてください」
きれいな女の人が、目に涙を浮かべていた。
はて? こんな知り合い、おれにいたか?
ぼんやりとしていた頭がだんだんはっきりとしてくる。
それとともに、彼女の風体の異様さが呑み込めてきて、戦慄が走った。
つややかな黒髪。
褐色の肌。
血のように赤い瞳に尖った耳。
露出度の高い黒革の服に、様々な色に染められた紐やドクロといった、あまり馴染みのないタイプのアクセサリの数々。
ふたつある椅子の片方にはマントらしき漆黒の布がたたんで置いてあり、壁には捻じくれた形状の杖がたてかけられていた。
「声は出ますか? 欲しいものはありますか? 事故に遭ったと――車に轢かれたと聞いて……約束の日までは会うまいと、ほんとうは思っていたんですけど……でも、いても立ってもいられなくて……」
切なげに震える声。
安堵と不安、それに隠し切れない嬉しさがないまぜになり、彼女の態度が嘘や演技でないことが痛いほど伝わってくる。
そうか、事故。
疑問のひとつは解消された。
ならばもうひとつ、どうしても質さなければならない。
「……どちらさま?」
「覚えていませんか? 無理もないです。離れていたのは10年ほどでしょうか。わたしたちにとってはさほどでもありませんが、人間にとっては長い時間でしょうから」
「人間に、とって……?」
まるで自分が人間じゃないみたいないい草――いや。待て待て。そういえばこの見た目……
どこかで見たような、どころではない。
よく知っている。見覚えがある。
ただし、現実ではなく創作の世界の……
「まさか」
「はい」
「人間ではない?」
「はい」
「……笑わないで聞いてほしいんですけど、ひょっとして……ダークエルフ、だったりします?」
「ええっ、そこからですか!?……これは、経年による忘却だけではなく、事故による記憶障害の疑いもありますね。いけません。よくよく調べて、見えないところにも損傷がないかたしかめないとですね」
彼女はオロオロと視線をさまよわせたかと思うと、手をのばし、心配そうに俺の頬を撫でた。
あまりに距離が近く、思わずのけぞりそうになったが、いかんせんベッドに寝ている状態なのでうまくいかない。
「ともかく、これは改めて名乗るべきなのでしょうね――わたしはモルテ・リスレッティオーネ。幻界の住人にしてダークエルフの
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます