- 18 -

「食事中悪いね。今日の午後は、何か予定ある?」

「もう終わってるから大丈夫です。午後は特に予定はありませんけど」

「決算資料のことで一緒に部長のところに行ってほしいんだけど、いいかな」

「わかりました。前期の決算書ですよね」

「うん。その決裁をもらうんで、同席して欲しいんだ。水無瀬さんの予定がよければ、2時に予定をいれていいかな」

「はい、結構です。2時ですね。関係資料をまとめておきます」

「ありがとう。休憩時間が終わってからでいいからね。ごゆっくり」

 そう言って課長は食堂を出て行った。私は、すとんと椅子に座る。

「あー、びっくりした」

「先週からやってたやつ? お疲れ様。主任じゃなくて華を連れてくあたり、ホント頼りにされてるじゃん」

「うーん、実務は私だから、細かい話はきっと私の方がわかるんだよ」

「まあ、うちの主任、アレだからねえ」

 留美は言葉をにごすけれど、もう50歳に近いのにまだ主任ってあたり、言いたいことはだいたい見当はつく。

 あいまいに笑顔を返していると、テーブルの上に置きっぱなしのスマホが目に入った。

 返信……どうしよう。

 さっきからスマホを気にしている私に、留美が気づいた。

「もしかして、チケットとれたとか?」

 留美だけは、私がラグバにはまっていることを知っている。でも彼女は彼女で某女子演劇団の熱狂的なファンなので、ラグバに興味はないらしい。

「う。まだ」

 言われて思い出しちゃった。FC先行から始まって、あちこちでチケット申し込んだけど見事に全落ち。

 今年のコンサートも、アリーナでの開催だ。

 3年前にアリーナでコンサートが開催されるとなった時には人が入るのかと心配されたけど、ふたを開けてみればチケットは発売から10分で完売。去年、今年も同様にチケットの倍率はすごいことになってる。本当に、人気あるんだなあ。

「あとは、当日券が出ることを祈るのみ……」

「会えないアイドルより、目の前の課長よ?」

「本当に、課長はそんなんじゃないんだってば」

 私は、スマホを持ち上げる。

 うん。課長のことは憧れているけれど、タカヤも大事。

 私はスマホを手にとると、『了解』とだけ、返事を返した。


  ☆

 

「遅い」

 奥まって見つけにくいところに、久遠は座っていた。

 一度会っただけの人だから覚えているか不安だったけど、案外あっさりとみつけられた。

 今日はサングラスもマスクもしてないから、不機嫌そうな顔が良く見えた。

 その顔を見て、ふと、既視感を覚える。

 誰かに、似てる……ような気がする。うん? 誰に似ているんだろう。

「まだ10分前じゃない」

 すとん、と彼の前に座る。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る