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「ああ……気にするな」

 マスクのせいでよくは見えないけど、顔色が悪いような気がする。

「どこか具合でも悪いの?」

「そうじゃない。平気だから。じゃあな」

 追い払うように私に手を振って立ち上がるけど、歩き始めた足元がふらふらと心もとない。

「ねえ、本当に大丈夫なの?」

「なんでもない。ほっといてくれ」

 苛立たし気に男が言った直後、すごい音が聞こえた。

「……もしかして、おなかすいてるの?」

 私が言うと、男はあきらめたようにくたりと壁にもたれる。

「くっそ。昼も抜いたから限界……」

 私は、パスケースをバッグにしまいながら、代わりに財布を取り出す。中を見て眉をしかめた。

 ……仕方ないか。

「はい」

「……なんだよ、これ」

 男は、私が差し出した一万円札を見て不機嫌そうに言った。

「助けてくれたお礼。なにか食べてよ」

「ばかにすんな。そんなつもりで助けたわけじゃない」

 怒っているようだけど、すごんだ言葉には力がなかった。よほどお腹がすいているのかしら。

 さっきはあんなに気迫があったのに。この人だって、がんばってくれたんだ。

「でも、これしかお財布に入っていないんだもん。あなた、そのままじゃそこらへんで倒れちゃうわ」

 ちょっと口は悪いけど、あの人ごみで唯一助けてくれたしきちんと謝ることもできるし、根はいい人なのかもしれない。

 男は、私の手を押し返すと首を振った。

「別に、金がないわけじゃない。一人で飯食うのが嫌なだけだ」

「そんなの我慢しなさいよ。空腹で倒れる方がよっぽど大変よ」

 男はしばらく私を見つめてからぼそりと呟いた。

「ラーメン」

「え?」

「今日はラーメン食うつもりだったんだ。付き合えよ」

「え、でも」

「お前の言った通り、このままじゃ俺倒れる。心配すんな。ナンパじゃないから」

「そんな心配はしてないけど……」

 知らない人と食事なんてしたことないから、ちょっとためらってしまう。

 ま、いっか。私もお夕飯まだだし、ラーメン好きだし。

「わかったわ。でも、見ず知らずの私が一緒でも大丈夫なの?」

「背に腹は代えられねえから我慢する」

 ……なんかすごい失礼な発言のような気もするけど、限界なのは確からしい。いい人なのかもしれないけど、ホントに、口が悪い。

 そんなことを考えながら、ふらふらと歩き出した男のあとをついていく。細い路地に入っていくから少しひやっとしたけれど、すぐに一件のラーメン屋についた。

 店内は明るくて外から中が見えるし、ここなら変なことをされる心配もないだろう。

 私は男についてその店に入った。


  ☆

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