024 振り向いてください

 同期の女の子とケンカした。

 どちらが悪いんだろう。ぐるぐる考えても答えは出ない。今夜はとにかく飲みたい気分だ。私はレビューサイトで見つけた新しいショットバーに初めて行ってみることにした。


「いらっしゃいませ」


 メガネをかけたマスターが出迎えてくれた。他にお客さんはいなかった。ウイスキーの種類が豊富、とレビューサイトにはあったけど、私は飲まない。飲むのは……同期だ。


「アプリコットフィズで」


 いつものカクテルを頼んだ。同期のことを意識するようになってから、願掛けのように飲んでいるものだ。マスターが、グラスに氷を入れながら話しかけてきた。


「うちは初めてですよね」

「ええ。レビューサイトを見て来ました」

「ありがたいです。この通り、辺鄙な場所にあるもので」


 確かにここに来るまでは少し迷った。地図アプリを見ながらうろうろしていたのだ。マスターに、ケンカのことを愚痴ってもいいけれど。まずはお酒を楽しもう。


「ん……美味しいです」

「ありがとうございます」


 よし。優しそうな人だし、思い切って言っちゃおう。


「同期とケンカしたんですよね」

「そうですか」


 同期が女性であるということを伏せたまま、ケンカの内容を話した。マスターの判決はこうだった。


「こう言うと失礼ですが……お相手に非があるのでは」

「私もそう思うんですけど、向こうから謝ってくるようなタイプじゃないんですよね……」


 初めて会う人だから、お店の人だから、だから大胆に言えてしまうこともある。私は正直に打ち明けた。


「私、実はその同期のことが好きで。片思いでしょうけど。だからこのカクテルがお守りなんです」

「ああ……そういうことですか」


 マスターはハッキリ言わなかったけれど、こういう職業の人だもの。知っているはず。アプリコットフィズのカクテル言葉が「振り向いてください」っていうことを。


「僕なら……自分は悪くなくても謝ってしまいますね。早めに関係性を戻したい気持ちを優先させてしまいます」

「私もそうしようかなぁ、って話してて思いました」


 バカな奈々子ななこ。でも、私の方がバカか。こうしてお酒の力を借りて、お店の人を頼らないと行動できないなんて。


「私……帰ったら同期に電話します」

「それがいいですね。何事も早い方が」


 もっとゆっくりしていたい気持ちもあったけど、あの子の機嫌を直すなら急がないと。私は店を出た。マスターはにこやかにお辞儀をしてくれた。

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