第98話 危険な誘惑

Side:マニーマイン


 日に日に劣悪になっていく環境。

 やせ細った者が目立つ。

 そして、厄介なことが起こった。


 採掘してたら、壁みたいになっていた岩が崩れて広い空間が現れた。

 そこには、何千本というミスリルの氷柱。

 だけど、ロックワームが何百といる。

 普通のロックワームの何倍もの大きさの奴もいる。


 あの大きいのはギガロックワームね。

 Aランクモンスターだわ。

 それが10匹はいそう。

 この集団をやるにはSSSランクの実力が要る。

 シナグルぐらいじゃないと討伐出来ない。


 ここのミスリルを採って来いと言われたら確実に死ねる。


「いい。この空間はなかった。命令されたら答えないといけないけど、それ以外はしらを切るのよ」

「それしかないな」


 バイオレッティが頷いた。


 広間の入口を土砂で塞いだ。

 だが、奴隷達の目がぎらつき始めた。

 あの氷柱の1本でも持って帰れれば大金持ちよ。

 奴隷解放も叶う。


「なあ、ミスリルの氷柱って良い武器になるんじゃないのか」


 危険な考えだわ。

 反乱を起こすつもりね。


 反乱してマスターを殺せば魔法契約は解かれる。

 だけど、皆殺しにしない限り、お尋ね者になる。

 皆殺しは無理よ。

 絶対に何人かは逃げる。


 しかも、がりがりとやせ細った者は戦力がかなり落ちている。

 それにロックワームの大軍をどうするのよ。

 ミスリルの氷柱を採ろうとしたら、たぶん襲い掛かってくる。

 命を賭けたって良い。


 つるはしでも反乱は起こせるけど、あっちは槍に剣。

 攻撃用魔道具もあっちにはある。

 それに魔法使いも。


「どうするよ?」


 バイオレッティがさすがに迷っている。


「行くも地獄、退くも地獄。どっちにしても地獄だな」


 サーカズムも迷っている。


「限界は近いわね。でも一発逆転はないって、奴隷になる前に嫌になる程知ったから」


 スノットローズは反対のようね。


「せめて安全に氷柱の10本も採れれば、この仕事場からおさらばできるのに」


 クールエルは氷柱採取して妥協点を見出そうってことね。

 でも氷柱10本で終りにはならないわよね。

 きっと全部採れと言われる。

 恐らく奴隷が増員されて、掏り潰されるように死んでいくのね。


 あの空間は危険な誘惑。

 乗ったら死ぬ。


 考えないと。

 安全に採る方法があれば、きっと良い未来が。

 駄目ね。

 危険な考えよ。

 どうやってSSSランクの群れに立ち向かうのよ。

 そんな手段があるなら、みんなSSSランクになっている。


 魔道具の威力は溜石の大きさに左右される。

 Sランクの魔石を使えば、ロックワームの10匹ぐらい纏めて倒せるでしょうね。

 ただ、攻撃魔道具って核石が壊れやすいのよ。

 恐らく、Sランクの溜石の魔道具では1発で核石が壊れると思う。

 コスト的に運用は難しい。

 シナグルに頼むと言ったって限度がある。


「みんな、しばらく現状維持で良い方法を考えましょう」

「そうだな。そうするか」


 ただ、他の奴隷は諦めないでしょうね。

 明日にも反乱を起こしそうな雰囲気だわ。


「お願い、みんなは生きて」


 リーンに涙を溜めて、懇願された。


「反乱は起こすなってこと」

「ええ、たぶん失敗する。置いていかれるから、こんなことを言っているんじゃないわ」

「分かるわよ。他の人に死んで欲しくないのよね」

「ええ」


 療養している人達にもあの空間の事が伝わっている。

 たぶん、奴隷管理官にばれるのも時間の問題ね。


「何か良いアイデアはない?」

「私が説得する」


 彼女を抱きかかえて、奴隷達が集まっている所に連れて行った。


「私はもうすぐ死ぬけどみんなには長生きしてほしい」

「だけどよ。こんなチャンスは滅多にない」


「死が近くなったら死神が見えるようになった。ほらあなた達の後ろにもいるわ。死神は早く反乱して死ねと言っている」


 その声は迫真だった。

 とても演技だと思えない。

 私は振り返った。

 影が見えたような気がした。

 気がしただけだけど。


「えっ」


 奴隷達が後ろを振り返る。

 本当か嘘か分からないけど、私も信じてしまったわ。


「何か見えたような気がする」

「俺もだ」

「反乱は駄目なのか」

「いやどっちにしろ死神に取りつかれている」

「俺達、きっと死相が出ているんだな」


 反乱の空気が薄らいだように思う。


 でもあの空間のことがばれるとどうなるか分からない。

 奴隷達に生きる希望がないからみんな、自暴自棄になっているの。

 生きる希望を下さい。


 そういう魔道具を下さい。

 祈ってしまった。

 シナグル工房の扉が現れた。


 どんな希望をシナグルに作ってもらおうか考える。

 そうよ。

 リーンをまず助けたい。

 みんなを死なせたくないなんて良い子じゃない。

 冷たい食べ物。

 氷を出す魔道具が良いかも。


 それならおそらく水を出す魔道具とそんなに変わりはない。

 対価が釣り合うかも。


「生きる希望に投資する人はいる? 強制じゃないわ。賛同してくれた人だけで良い」

「どうせ死ぬんだ。褒美の銅貨14枚だが、預けるぜ」

「治癒の魔道具を持って来てくれたのもあんただしな。俺も預ける」

「どうせ反乱したら銅貨も役に立たない。ぱーっと使うさ」

「もう、生きて街には戻れない」

「希望があるならすがってやる」


 みんなから銅貨が集まった。

 療養している人もみんな出してくれた。


 さあ、扉を開けるわよ。

 お願いだから、これで事態が好転して。

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