私のキョウイク
佐々井 サイジ
第1話
ここ一週間、空にこびりついて取れなかった鼠色の雲が、一晩のうちに洗い流されていた。久しぶりに見た青い空に君臨する太陽が容赦なく校舎を焼き上げている。差し込む光からなるべく逃れようと窓際をよけて廊下を歩くものの、熱気が密閉されており全身の毛穴から汗が噴き出てキャミソールが肌にぺったりと貼りつく。服をつまんで風を送り込むが、汗が止まることはない。
教室のドアの上部には〈6―2〉の札がある。これを見るたびに私はゲージの細い折を掴んでキーキー騒ぐ猿の仮番号を連想する。ドアを開けるまでもなく、生徒らの戯れる声が漏れてきていた。私は教室以外でもこの声を聞いたことがある。それはやはり動物園の猿山だった。猿同士が喧嘩したり人にはわからない言語を発したりするあの喧しい声とこの教室の声はいつも私の脳内でぴったりと一致する。
教壇に向かいながら教室を見渡すと雄猿たちが木本豪の周りに集まっていた。木本豪はひょうたんを彷彿とする小太り体型であり、外見のとおり運動神経が学年で一番鈍い。体型を活かして柔道や相撲を習えばいいのにといつも思うが、必要以上に内向的な性格では無理だろう。
「みんな、どうしたん」
わざと刺々しく猿たちに投げかけた。一般の教師なら何の意識もせずに質問するだけだろうが、朝の会が近づいているにもかかわらず席に座っていないのは集団行動を乱す一因にもなりかねず、警鐘を鳴らしておかなくてはならないのだ。教師経験十八年から体得した技術だ。女子グループの中心にいる、過剰に正義感の強い女子が振り向く。私は密かにジャス子というあだ名をつけている。ジャスティス女子、略してジャス子。
「あんな、安中先生。豪くんが学校に来るときにカマキリ捕まえたらしくて虫かごに入れて持ってきてはんねん」
口を閉じながら舌打ちをした。意外と響いたので外部に漏れたかもしれないと思い、眼球を左右に動かしたが誰も私に注目していなかった。木本豪は虫を持ち込む癖がある。癖というか好きな昆虫がいると、捕まえないと気が済まないのだ。教室には虫が苦手の子もいるからせめて帰りにしてと五月くらいから何度か注意してきたが、一向に改善する様子が無い。テストで七十点台しか取れないレベルだから、日本語が十分理解できないのだろう。
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