懸河

小狸

短編


 けんが【懸河】

 傾斜が急で流れが速い川。



 変化が苦手だ。


 いや、いっそ嫌いだと言っても良いかもしれない。


 昔の人は、「世は常に移ろいゆく」なんて気取ったことを言っていたようだけれど、そんな風に、一歩引いた所から見ることができる人は、きっと恵まれた人だと、私は思う。


 幼稚園から、小学校へ。

 

 小学校から、中学校へ。


 中学校から、高校へ。

 

 高校から、大学へ。

 

 そして、次には就職活動が控えている。

 

 今は、大学二年生の春である。


 その度に、変化の奔流ほんりゅうに飲まれそうになってきた。


 正直に言えば、学年が上がることも、私にとってはかなり苦痛だった。


 ここでふと、私は気付いた。


 私は単なる変化――ではなく、に、苦痛を感じるのだ、と。


 クラス替えで、自分の周りに存在する人が変わる。


 学年が上がって、校内での役割が変わる。


 所属が変わって、建物から起きる時間まで変わる。


 そうなると――そう。


 安心――できなくなる。


 安心。


 そう。


 私は、安心したかったのだ。


 腰を落ち着けて、川をける橋に身をゆだねて、自分の周りを安心できる要素で囲んで、ぐっすり眠って、明日が来て。


 そんな私でありたかった。


 ずっとそのままでいたかった。


 それが叶わないことだと、分かっていても。


 変化に耐えきれず、新学期は、体調やメンタルを崩すことが多かった。


 その度に皆に乗り遅れて、集団にもどんどん混ざることができなくなっていった。


「来年も同じクラスになろうね」と約束していた友達が、当日別のクラスになって、他の女子たちと、楽しそうに話していた。


 私のことなど、目もくれずに、楽しそうに。


 どうして。


 どうしてだろう。


 どうして皆は、当たり前のように、受け入れることができるのだろう。


 分からなかった。


 分からないまま、私は身体だけ、大人になってしまった。


 次は就活である。


 なりたい自分、ありたい自分――安心できる自分。


 公務員講座の講義を履修し、独自に勉強も始めた。


 将来のこと、これからのこと、考えている。


 それでも。


 皆が当たり前のように乗る奔流から外れた所で。


 ずっと私の心には。


 薄暗い石の淵で、よどみが渦巻いている。

 

 きっとそれは一生。

 

 満たされることはないのだろう。




(了)

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懸河 小狸 @segen_gen

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