第46話 未来へ

 私には正月のお休みがあった。車は家に置かれることは無く、帰省をして餅をたらふく食べた。乗った体重計に目を背けたくなった。明けても図書室には誰もいない。


 力試しと言って色々な大学を受けるらしい。金があるってすごいな。私は二校しか受けてないし、受験料って高いのよ。


 来年から横柄な口をきく女の子はこの図書室にはいないし、ミルクコーヒーをパシられることも、肩を揉めと言われることも、寒いから投書箱を触れとも言われない。


 きっとLINEはたくさん来るし、いつしかその返事も私は億劫になって、放置をしてしまうかもしれない。


 そのうちハルカも私を忘れて、懐かしいと思う日々を恋人と送って、結婚式で招待状を送って「昔お世話になった人」と伴侶に紹介される。


 私は偉そうで傍若無人なハルカが好きだったのかもしれない。きっと私との未来を想像して、その為にどこかの会場で頑張っている。期待通りのおめでとうを私はハルカにあげるし、もしかしたら抱き締めるかもしれない。



「なかちゃん、大学落ちた」


「チャンスはまだあるわよ」


「次落ちたら就職しろって、私先生になりたいのに」

 この前の高原先生の件で図書室に来た生徒だ。


「大変だよ」


「そうだよね。パシられて肩を揉んだり足を置かれる教師って大変だよね」


「まさか私に憧れているの?」


「何言ってるの? 教師としての最底辺をここでみたから反面教師だよ」


「それはかなり失礼だよ」


「怒るなかちゃん初めて見たや、ごめんね。尊敬してるよ」


「もう遅いわよ」


「そうだ、なかちゃんはなんで先生になったの? 教職は大学でとったでしょう? 中堅だよね」


「まだ五年目よ」


「そんな風に見えなかった。そうだよね、働いて学費貯めて大学に行くことも出来るし、次ダメでも絶望しないで出来ることからやってみるよ。とにかく自習室で追い込みしてくる」

 スリッパのパタパタした音が廊下へ遠かった。



 来年から担任かな、ここまでここでの仕事が多かったな。備品の購入や消耗品の買い出し、会議の文字起こしに同窓会参加者のリスト作りと色々したけど、仕事は捗ったよな。


 来年、問題アリの生徒が入ってこないことを祈るばかりだ。暇だな、全集を直しておこう。もう読むことはないだろう。そう思って全集を持ち上げた。全集の下には無造作に日記と書かれたノートが出てきた。


 中は気になったが、こういうものを見られたら流石に嫌な気分になるだろう。栞を挟む習慣は無かったがページ番号は覚えていると言った。


 ただ書架に戻すのに何も入っていないようにしないといけない。重い本を広げてページをめくった。あるページで一枚の紙が挟まれてあった。


 何かと思って裏返すと私の絵だった。イヤホンをしてパソコンを触っている私、眉間にシワを寄せているところまで緻密に鉛筆で書かれていた。


 罪深い私、こんなに近くにいたのに知らなかった。こんなに愛を向けられた事が無かったから、扱い方が分からないや。自然消滅がちょうどいいよな。


 次の日だって、次の次でもハルカは図書室に来なかった。本命の近くにホテルを取ったとLINEで聞いた。発表までいる気だろう。


 下級生が図書室にやってきたが、変な依頼ではなく、私とお話しに来てくれた。



「拾いたての野生の猫を手懐けたって本当ですか?」

 苦笑いしか出来なかった。

「これから困ったら投書していいですか?」


「私、来年ここにいないかもよ」

 下級生は、えー! と言って帰って行った。


 そういえば、最近投書箱見てないな。変態教師のはさっさと処分しないと。


 カウンターに持ち運んで開けると変態教師からの依頼と笹が彩られている短冊が入っていた。裏返すと。



「好きな人がずっと私を好きでいて欲しいです。どうしたら叶いますか? 中ハルカ」と。

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