カーチェイスの様な何か

ビアンカさんを乗せて軽トラは街道を走り抜けていく。ビアンカさんが言うにはこの道を行けばルーメンデス領への関所がある。僕に出来ることは軽トラで走って行くだけだ。

 追っても来ないだろう。そもそも馬が追い付くはずがない。僕はふっとバックミラーを見た。

 ほら、馬なんかいない。これなら問題なく関所に着きそうだ。ただ薄らと見える動くものは何だ?

「後ろに見えるのは何ですか?何かこっちに向かって来てるような」

 ビアンカさんに後方の確認をしてもらった。

「いけない!あれは走竜です!」

「ソウリュウ?」

「地を走る竜です!ゲースク伯爵は本気で捕まえるつもりです!」

 僕も後ろを確認してみると猛烈な勢いで軽トラを追いかけて来るラプトルみたいな奴らが見えた。走竜の上には兵士が乗っており武器を構えている。

「やばい!」

 僕はギアを上げて更に速度を出した。今までも別にトロトロ走ってたわけじゃない、それでもあの走竜は速く軽トラを追いかけてくる。

「速くね!こっちは車だぞ!」

 そういえば何で里にゲースクがいるのかと考えなかったが、あの走竜で追いかけて来たのか。それくらいアイツは速いんだ。

「小僧は殺して構わん!ビアンカは必ず生かせ!」

 ゲースクは周りの走竜より一回りデカいのに乗って二人乗りで追いかけて来る。操縦は兵士に任せて自分は後ろでギャーギャー騒いでいる。操縦している兵士が可哀想なくらい喚き散らかしている。人間ああは成りたくない。

 走竜は遂に軽トラに追い付いた。僕が乗っている右側を並走してる。兵士は槍を構えてこちらに向かって刺してきた。

「うお!怖い!やめてよ!ひい!だからやめてって!」

 軽トラにガツガツ槍を刺してくる、それに明らかに僕を狙っている。

 ガツ!という音と共に遂に窓ガラスに槍が当たった。ガラスにヒビが入り、これ以上刺されると貫通してしまいそうだ。

「もう知らないからな!」

 僕はハンドルを切り兵士に幅寄せした。だが流石生き物、自分の意思で走竜は避けていく。

「もう!何なんだよ!」

 僕が駄々を捏ねていると軽トラの左側にゲースクの野郎が乗る走竜が追いついた。

「さあ!さっさと止まれ!そして牢屋に行け!」

「誰が止まるか!バーカ!」

「バカだと!誰にものを言っているのか分かっているのか!」

 ゲースクは僕と言い合う為か右側に回ってきた。律儀なやつだ。それとも馬鹿なのか。

「オメーだよ!オメー!オッサンのくせに若い女の子を嫁に貰うな!気持ち悪い!変態伯爵!」

「変態伯爵っ!誰が変態伯爵だ!」

「だからオメーだよ!気持ち悪いから貴族のくせにそんな歳でも結婚出来てないんだろ!」

「結婚しとるわ!ビアンカ嬢は妾になるのだ!」

「より気持ち悪いわ!いい年したおっさんが欲情してんじゃねーよ!さっさと枯れろよ!」

「さっきからワシを馬鹿にしよって!」

「お?反論できないのか?ビビって下の伯爵様も縮み上がってんじゃねーのか?」

「さっさと殺せ!殺してその訳の分からん乗り物を止めるのだ!」

「やってみろ!おら!」

 僕はゲースクに向かって幅寄せした。

「危ない!何をする!」

「幅寄せだよ!またの名は煽り運転だよ!ほら!ほら!」

「危ない!危ない!」

 ゲースクが右側を並走してくれると俺への攻撃が無くていい。今はコイツを煽りつつ関所を目指そう。

「もういい!ワシが直接乗り込んでやる!」

「え!それは危なすぎます!」

「うるさい!」

 ゲースクと兵士が何だか揉めている。乗り込むって本当なのか。

 ゲースクの走竜がピッタリと軽トラに寄せると、ゲースクが荷台に飛び乗ってきた。

「マジかよ!おっさん!」

「当たり前だ!お前はワシが直接やらんと気が済まん!」

 絶対に間違っている。でもゲースクが乗ってきたせいで危険な運転が出来ない。これでも人殺しはしたくない。

「おら!開けろ!」

 ゲースクが後部ガラスをガンガンと叩いている。軽トラの周りには走竜がびっちりと並走している。止まる事もできない。かと言って危険運転も出来ない。

 どうする……ゲースクは死んでもらうしかないのか。でもこんなゲス野郎でも一応人間だ。そこまで罪悪感は無いが自分が人殺しになるのはまっぴらごめんだ。

 覚悟決めるしかないのか……

 ゲースクを見ようとバックミラーを確認するとはるか後方に何かが見えた。何だあれ?

「ビアンカさん!後ろに何かいませんか?」

「ワシがいるだろ!」

「いやアンタじゃなくて、もっと後ろ!」

「あれは!」

 ビアンカさんが確認する前にゲースクが振り向いて何かを見た。ゲースクはわなわな震えている。何が追いかけ来るんだ?

「忘れもせんぞ!あの乗り物にワシは!」

 徐々に大きくなるそれは、

「おーい!ヒカル!無事か!」

「アスカさん!」

 アスカさんがトラックで追いかけて来てくれた。

「ガハハ!囲まれとる!」「情けないのう!」

 その声は、

「ゴミクズセクハラゲボクソドワーフ!」

 トラックの屋根にドワーフ達が乗っている。更にピッチングマーシンまで載せているじゃないか。

「ほれ!発射!」

 ピッチングマーシンから爆発物が放たれる。軽トラの周りで爆発が起きた。その爆発で走竜は驚き混乱している。

 その隙にアスカさんは軽トラとの距離を詰める。そして軽トラの右側に並んだ。

「悪い!ピッチングマーシン載せるのに手こずった!」

「それよりいいんですか!ゴドウィンさんは許してくれたんですか!」

「ガハハ!安心しろ!ワシらも盗んで来た!」

「え!」

「アスカが追いかけるって聞かないもんでの!」

「一丁盗みの片棒を担いだわけよ!」

「これでワシらも仲良く豚箱送りじゃ!」

 ありがとう、僕のせいでみんなが罪を被るなんて。

「そういう訳だから、また一緒に豚箱に行こうぜヒカル!」

「はい!」

「周りのトカゲ共はワシらが相手してやるからヒカルは嬢ちゃんを送ってやれ!」

「そんでお礼代わりに乳でも揉んでやれ!」

「いいのう!それ!ワシが揉みたいのう!」

「黙れ!セクハラドワーフ!」

 最悪の言葉を交わしてドワーフ達は爆発物を走竜に向かって投げていく。

 軽トラの周りを囲む走竜はいなくなった。

「よし!このまま突っ走ります!」

「はい!お願いします!」

「ワシを忘れるな!」

 荷台からゲースクが叫んできた。そういえばコイツがいるのを忘れてた。でももう怖くない突っ走って行くのみ。

 前方に何か見えてきた。

「あれが関所です!」

「関所って橋なの!」

 関所は大きな川を跨ぐように造られた橋であった。なるほど、川の隔てて領土が分かれているのか。

「よし、このまま直進します!」

 ゴールはもう直ぐだ。後はあの橋を越えればいいだけだ。でも待って。なんかあの橋動いてない?

「関所ははね橋なんです!」

「それを早く言ってよ!」

 どうする!速度を出し過ぎている。このままブレーキをかけてもいいが確実に荷台にいるゲースクが吹っ飛ぶ。それじゃあただじゃ済まないだろう。

 急カーブをするか!いやそれでもゲースク吹っ飛んでしまう。

 川にはいるか!川の深さが分からない。

 なら答えは一つだ。

「しっかり掴まってて下さい!このままつっこみます!」

「え!」

「口も閉じて!」

「お前!本気か!止まれ!止まれ!」

 僕は更に加速して上がりかけているはね橋に突っ込んでいく。勢いよく橋に乗り込み、斜めになって行く橋の上を駆け上がる。

「おら!イッケェェェェ!!」

 橋の先から発射された軽トラは宙を飛ぶ。その瞬間時間がゆっくりと流れて行くのを感じた。ああ、これがゾーンってやつか?こんなの初めて!

 あれ?向こうのはね橋上がってなくね?このままだと下に落下しね?大丈夫なのこれ?いやもう飛んでるし引き返せないし。いけるよね?いけるよね?いけるよね!

 ドスン!向こう側の橋に着地した衝撃で軽トラが大きく揺れた。

 僕はまだまだゾーンに入っている。僕はビアンカさんの巨乳を凝視した。ゆっくりとブルンブルン揺れるたわわなオッパイを僕はしっかりと目に刻みつけて堪能した。

 軽トラは向こうの橋に着地したがしっかり運転しないとハンドルが持ってかれそうになる。必死にハンドルにしがみつき橋の上を走行する。

 そしてようやく川の向こう側に着きゆっくりと軽トラの速度を落として駐車した。汗びっしょりで息も荒い。

「ふー……生きてる」

「そうですね……生きてますね」

「ひひ」

「ふふ」

「はっはははは」

「ふっふふふ」

 二人して訳も分からず笑ってしまった。もうテンションがおかしくなっているのだろう。マジで死にそうになったんだから笑うくらいいいだろう。

 二人で愉快に笑っているのに軽トラの周りを兵士が取り囲んだ。

「何だ!お前達は!」

 それもそうか、こっちは別の領になるのだ。僕達は不法侵入したみたいだ。僕はとりあえず軽トラから降りて手を上げて無抵抗のアピールをした。

「ビアンカ!ビアンカなのか!」

 兵士の中からやたらとイケメンが出て来た。誰が見ても貴族と分かる格好しているイケメンはビアンカさんの下へ走って行く。

「メッサジェント様!」

 あーやっぱりねこいつが婚約者ね。会えてよかった。でも公衆の面前で抱き合うのはよした方がいいかな。

「心配していたんだ。いつまで経っても君が来なくて。関所まで来たら向こうは橋を上げるし」

「ご心配おかけてしてすいません。実はゲースク伯爵に捕まっていて。でもこちらのヒカルさんにに頼んでここまで連れて来てもらえたんです」

 ビアンカさんは僕の方を見てそう伝えた。

「ありがとうございます。貴方のおかげでこうしてビアンカと再会する事が出来ました」

「そうだ!メッサジェント様!ヒカルさんはゲースク伯爵に反抗して私を送り届けてくれたのです。このままではヒカルさんは捕まってしまうのです。どうしたいいでしょう」

 ビアンカさんは優しいな。こんな感動的な場面で僕を心配してくれるなんて。

「その事なら多分大丈夫だ。君を助ける為にゲースク伯爵の事を色々調べてみたら、どうやら不正会計の痕跡があってね。王国に税を納めていない可能性が出てきた。この事を国王陛下に報告すればゲースク伯爵はその地位を追われるだろう」

「と言うことは!」

「ああ、ゲースク伯爵への罪は無くなることになる」

 ぼけーと聞いていたらとんでもない話が出てきた。僕は牢屋にぶち込まれなくて済むのか。話題のゲースクは軽トラの荷台で気絶してそれどころではないが。

「よかったですね!ヒカルさん!」

「あっはい!ありがとうございます」

 僕は深々と頭を下げた。

「いや、お礼を言いたいのはこちら側だよ。何かお礼をさせて欲しい」

「いえ、あの、じゃあ荷台にいるゲースクを引き取って下さい。このままじゃ帰れないので」

「はっは、君は欲が無いね。分かった今はそれで納得するから後で必ず連絡をくれたまえ」

 イケメンはビアンカさんを連れて行ってしまった。兵士達は荷台からゲースクを下ろしてえっちらほっちら運んでいく。

 これで僕の依頼は終わった。軽トラに乗り込み橋に向かって方向転換する。向こう側のはね橋はゆっくりと降りてきて渡れるようになった。

 橋の向こう側にはアスカさん達が僕を待ってくれている。僕は軽トラをノロノロ走らせて橋を渡っていく。バックミラーを見るとビアンカさんがこっちを見て手を振っている。僕は窓から手を出して振り返した。

 何を勘違いしたのかアスカさんやドワーフ達が僕に向かって手を振っている。まあ、お貴族様とは付き合えないし、あっち側が僕にはお似合いだろ。

 

 

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