内見@トンデモ物件

すらなりとな

気軽に魔法に頼るんじゃない!


「えー、社会科の野倉先生は、バッファローの群れに轢かれたため欠勤です。

 お見舞いに行きたい人は、学校の近くの病院へ……」


 今日の授業は悲報から始まった。

 しかし、ここは底辺校。

 怪我などよくあることだ。

 生徒はもちろん、先生だって、生徒同士の喧嘩を止めようとしたり、授業中に飛んで来るボールにぶつかったりして、よく怪我をしている。

 ちょっと原因が特殊なようだが、底辺高の生徒にとっては、バッファローに轢かれるのも、喧嘩に巻き込まれるのも、ボールにぶつかるのも、さして変わらない。

 今日も元気に、教室の生徒たちはスマホやらゲームやら野球やらで遊んでいる。


 が、中には例外もいた。


(どうしよう、たんちゃん、先生が入院だって!)


 私の姉こと、れんちゃんである(なお、たんちゃんとは私の事だ)。


 姉は別の進学校に通っているので、本来ならこんなところにいない。

 じゃあ、なぜ姉の焦った声が聞こえるかというと、この姉、私の身体を乗っ取って好き勝手過ごしているからである。

 なぜ乗っ取られたかは、さっぱりわからない。

 本人が言うには、ゲームで設定したアバターの宝石になってしまい、それを私が拾ったから、ということだが、きっとオタク趣味がたたって頭が××になってしまったのだろう。

 とにもかくにも、私は意識を残したまま、姉に身体を貸すことになってしまった。


(たんちゃん? いま、何か失礼なこと考えなかった?)

 ――別に? それより、先生の事、気になるんなら、お見舞い行ったら?


 私は先生と仲が良かったわけじゃない。

 もちろん、お姉ちゃんも、私に憑りついたのはつい最近だから、先生と仲が良くなるはずもない。

 それでも、お姉ちゃんが先生を気にしているのは、先生を轢き殺したバッファローを召喚したのがお姉ちゃんだからだ。

 なんでも、ゲームで設定したアバターの宝石と同じく、魔法が使えるらしい。

 ちなみに、敵味方全体攻撃らしく、バッファローはしっかり私(の身体)もふっ飛ばされた。

 まったく、××にナントカである。


(たんちゃん? なんかさっきから酷いこと考えてない?)

 ――別に?

   それより、バッファローの魔法、当たらないようにしたんじゃなかったの?


 なぜ姉がバッファローを召喚したのか。

 それは、その場の勢いだそうである。

 なお、「使った瞬間に我に返った」「バッファローの群れは先生に当たらないようにした」「バッファローが壊した校舎の壁や街頭も、魔法で元通り修復した」などと供述している。

 しかし、現に、先生という被害が出ている。


(うーん、確かに外したはずだし、私もバッファローに吹き飛ばされる寸前、綺麗にかわされてるの見たんだけどなぁ?)

 ――じゃあ、精神的にショックだったんじゃない?

   すぐ横をバッファローが通り過ぎるなんて、トラウマものよ。

(え? 底辺校の先生なのに?)


 私の姉は底辺校の先生を何だと思っているのだろうか。

 ぜひとも、全国の教職員に謝ってほしいものである。


 ――とにかく、お見舞いに行ってみれば分かるんじゃない?

(うーん、分かった! じゃあ、放課後にでも行ってみるね?)



 ―――――☆



 そんなわけで放課後。

 私たちは先生の入院する病院へやってきていた。

 受付でお見舞いの意思を伝え、先生の病室へ向かう。


「あら? お見舞いに来てくれたの! 先生びっくり!」


 びっくりされてしまった。

 それはそうだろう。

 底辺校の生徒が、先生のお見舞いになど来るはずがない。

 いや、それ以前に、私はそこまでこの野倉先生と親しくもない。


「はい、先生。

 お花、ここに置いときますね?」


 が、姉はさして気にせず、買って来た花を花瓶に生ける。

 先生もまんざらではないのか、笑顔で迎えている。


「先生、お怪我は大丈夫ですか?」

「ええ。実はね、先生、怪我はあんまりしてないの」


 ほら、やっぱり、精神的ショックの方だった。


「実はただの検査入院でね?

 ホントは断ってもよかったんだけど、入院費の補助は出るし、冬休みのうちに使ってなかった有休を消費するついでに受けてきなさいって校長先生が……」


 違った。

 ブラックな社会の被害者だった。

 しかし、先生はさほど落胆した様子もなく続ける。


「でも、先生、ちょうどよかったと思うの」

「え? なんでですか?」

「ほら、この間、猛獣が暴走する事件があったでしょう?

 それで、私の住んでたアパートが壊されちゃって。

 お医者さんから外出許可も出てるから、ついでに休みもとって、引っ越し先とか、見に行こうかなって」


 世間的には、お姉ちゃんの魔法は猛獣の暴走事件になっているようだ。

 それはいいのだが。


 ――お姉ちゃん? 治したんじゃなかったの?

(そ、そのはずなんだけどなぁ?)


「あ、七瀬さんも見に来る?

 最近の住宅展示って、テーマパークみたいになって楽しいのよ?」

「あ、はい! ご一緒させていただきます!」


 ――ちょっと! なんで着いて行こうとしてるの!?

(だって、こうなっちゃったのも私に原因があるわけだし、なんで魔法が効かなかったか、ちゃんと確認しとかないとダメかなって……)


 黙っていればバレないものを、変なところで律儀な姉である。


「じゃあ、ちょっと待ってて? すぐ準備するから」


 ――え? 今から行くの?


 生徒の前で、いそいそと準備をする先生も先生である。

 私はげんなりしながら、どこか楽しそうな姉とともに、住宅の内見へと向かった。



 ―――――☆



「えー、こちらはお客様のご予算に合わせたアパートでして、現在、大変お安くなっております!」


 先生が懇意にしているという不動産屋に案内されたのは、本当にテーマパークのようなところだった。


 墓地の横に立つマンションはまだマシな方。

 崩れそうな崖の上にポツンと建った一軒家。

 鉄のコンテナでできた集合住宅。

 幅一メートルのアパート。

 海の上に浮かぶ船。


 最期のはもはや家ですらない。

 今も、案内されたのは車道のど真ん中。

 家の両側を、車が高速と見まがう速度で走り抜ける、恐るべき立地である。


 あ、今、ちょうど、トラックが突っ込んで来た!

 周囲に轟音と爆音が響き渡る!


「ええっと、価格がさらにお安くなりましたが、どうなさいますか?

 今なら、瓦礫及びスクラップの撤去に格安の業者も紹介できますが?」

「うーん、やっぱりすぐ住めるところがいいかなって。

 ほら、いつまでも病院をホテル代わりに使ってるわけにもいかないし」


 轟音と砂埃にもかかわらず、まったく動じず営業を続けるあたりプロである。

 そして、それに平然と応じる先生も先生である。


(やっぱり底辺高の先生ってすごいんだね?)

 ――違うからね? あの先生が特殊なだけだからね?

   不動産屋さんに貰ったジュース飲みながら見てるお姉ちゃんも大概だからね?


 何か勘違いをしているお姉ちゃんに突っ込んでいると、不動産屋さんはスーツのほこりを払いながら、どこか残念そうに言った。


「そうですか。おすすめの物件だったのですが。

 まあ、ここは切り替えて、野次馬が集まる前に、次の物件に参りましょう」

「ええ、お願いします。

 あ、七瀬さんが飽きてきたらいけないから、お菓子か何か、あります?」

「もちろんご用意していますよ?

 近くに公開予定のサファリパークもありますので、寄っていきましょうか?」


「あ、お構いなく」などと言いながら、しっかりお菓子を受け取るお姉ちゃん。


 ――なんか楽しんでない?

(え? たんちゃんは楽しくないの?)


 言葉を失った私は、黙っていく末を見守ることにした。

 しかし、サファリパーク予定地の横を走って、車が止まったのは、学校のすぐ近くのアパート。多少古いようだが、さほどおかしいところはない。

 お姉ちゃんも声を上げる。


「あれ? 普通のアパートですね?」

「はい、こちらは立地もよく、先生の職場も近いおすすめの物件となっています。

 今までのトンデモ住宅に比べれば値は張りますが、十分ご予算の範囲内かと」


 初めからこれを紹介してくれればいいのに。

 そう思ったのだが、


「あのー、ここ、私がいま住んでるアパートなんですけど」


 残念な結果となった。

 しかし、流石ビジネスマンというべきか、まったく動じずに続ける。


「おや、そうでしたか。

 確か、近くのサファリパーク予定地から逃げ出した象が激突し、損傷を受けたと聞きましたが?」

「ええ、壁にひびは入るし、トイレは壊れて水浸しになるし、もう散々でした。

 保険、おりますよね?」

「ええ、それはもちろん。保険会社との交渉もお任せください。

 原因が像でもバッファローでも隕石でも、必ずや勝ち取ってみせます。

 つきましては、手数料のほどを――」


 どうやら壊れた原因はバッファローではなく、バッファローに誘発された象だったらしい。


 ――お姉ちゃんも、二次災害は想定外だったみたいね?

(そんなことないよ?

 魔法は町全体にかけたはずだし……なんで効かなかったんだろ?)


 私からすれば効く方がおかしいのだが、これは突っ込んだら負けなのだろうか。

 しかし、不動産屋さんは首を傾げた。


「それはおかしいですね。

 他の部屋はもちろん、これからご案内するお部屋も、被害を受けていません。

 ご覧になりますか?」

「ええ、お願い」


 不動産屋さんに先導されて、部屋の内見へ。

 よく考えれば、初めて居住スペースに入った気がする。

 今までは入って見る以前の状態だった。

 大進歩といえよう。

 実際、中に入ってみると、普通のアパートだった。

 意外に広い八畳の部屋に、簡易キッチン。

 ユニットバスにトイレは別で空調付。


 ――そういえば、お姉ちゃんも四月から大学生だっけ?

(そうだよ?

 一人暮らしはしないけど、するとしたら、こんな部屋に住むのかな?)


 物珍しそうに周囲を見ながら、押し入れの扉を開くお姉ちゃん。

 そこには、ボロボロの格好をしたおばあちゃんが入っていた。

 思わず悲鳴を上げる。

 おばあちゃんの方も悲鳴を上げると、押し入れの奥を通って、隣の部屋へと消えていった。


「どうしました?」

「さ、さっき、幽霊的なのが、見えた、ような?」


 しどろもどろに説明するお姉ちゃん。

 何を言ってるんだこの娘は、という顔をする不動産屋さん。

 しかし、先生は当たり前のようにうなずく。


「ああ、それ、きっと、隣の部屋が私の部屋だからね。

 私、昔から変なのに憑りつかれやすいのよね。

 お祓いにもいったんだけど、効果なくて。

 きっと、私の部屋だけ壊れたのも、変な呪いがかかってるからじゃないかしら?」


 普通のアパートだと思ったら幽霊付きアパートだった。

 いや、この場合は、普通の先生だと思ったら幽霊憑き先生だったというべきか?


(もしかして、私の魔法が効かなかったのも、その呪いのせい?)

 ――知らないわよ、そんなの、私に聞かないで!

   それより、こっちまで呪われる前にさっさと逃げるわよ!


 が、お姉ちゃんは先生へ何事もなかったかのように話しかけた。


「先生のお部屋って見せてもらっていいですか?」

「え? いいけど、あっちこっち壊れたりして大変よ?」


 ――ちょっと、私の話聞いてた?

(聞いてたよ?

 でも乗り掛かった舟だし、きちんと最後まで確認しておこうかなって)


 律儀なのもいい加減にしてほしいものである。

 困惑する私をおいて、一同は先生の部屋へと向かう。

 さっき変な話を聞いたせいか、扉から禍々しいオーラが見える気がする。


(あ、気のせいじゃないよ?

 サーチかけてみたら、『ここは呪い渦巻くダンジョンです。難易度★1』だって)

 ――魔法ってホント便利よね。

   で、帰る気にならない?

(もう、大丈夫だよ。私には呪殺無効耐性が付いてるから)


 これだからオタクという生物は!

 何の保証もないゲームのステータスを信じようとする!


 心の中で喚いていると、横から数珠が差し出された。

 不動産屋さんだ。


「こちらをどうぞ」

「わあ、ありがとうございます。

 いつも持ち歩いてるんですか?」

「ええ、職業柄、事故物件をお客様にご案内することも多いですので」


 ――量産品の数珠なんて渡されても余計怖くなるだけなんだけど?

(そうでもないみたいだよ?

 鑑定してみたら、『身に着けていると安全になった気になる数珠。何事も気から。ということで、呪殺耐性が気休め程度に上昇』だって)

 ――それって、やっぱり、大して役に立たないってことよね!?


「じゃあ、カギ開けるわね~?」


 文句を言っているうちに、先生が部屋の扉を開いた。

 中は――なるほど、散らかっている。

 構造自体はさっきの部屋と同じだが、窓は割れ、壁に亀裂が走り、床には水の跡が残っている。

 そんな、幽霊でも出そうな部屋の奥に、先ほどのおばあちゃんが、いた。


(よし、たぶんあれが諸悪の根源だね?

 浄化すれば、きっと先生の呪いも解けるはず!)

 ――ああうん、もう何でもいいから早くやって?


「よし! 必殺! 数珠の魔法!」


 気合いとともに振り上げる数珠!

 手の上で謎のエフェクトを放つそれを、幽霊に向かって投擲とうてき


 ――ちょっと、それ! 気休め装備じゃなかったの!

(たんちゃん知らないの? 最近のゲームじゃ装備で見た目が変わるのと一緒に、攻撃モーションも変わるんだよ?)

 ――いや、相手は現実にいる幽霊だからね!?


 意味不明な説明をするお姉ちゃん。

 が、焦った声を上げたのは、私だけじゃなかった。


「七瀬さん!? 待って!

 それ幽霊じゃないから!

 私のおばあちゃんだから!」


 どうやら幽霊ではなく実在の人物だったらしい。

 不動産屋さんが押入れを開けると、奥に穴が開いていた。


「どうやら押し入れの奥が破損していたみたいですね。

 後で補修しておきましょう。

 しかし、数珠でのお手軽除霊はよいアイデアですな。

 何事も気からと申しますし、私も事故物件を紹介するときは、お客様に適当なお祓いを見せられるようにしなければ。

 お礼も兼ねて、補修は無償で行っておきますので、ご契約の方は――」


 そして、商談が始まった。


 ――なんだ、勘違いだったんじゃない。

(え? そんなことないよ?)


「ね、おばあちゃん?」

「ええ、おかげで助かったわ」


 ――え? なに? どういうこと?

(だから、おばあちゃんにとりついてた幽霊さんが、逃げてっちゃったの。

 今なら魔法も効くと思うよ?)



 ―――――☆



 後日。

 授業は、やっぱり悲報から始まっていた。


「えー、残念ながら、社会科の野倉先生は、諸事情でしばらくお休みすることになりました。しばらく、私が授業を担当します」


 え? 除霊したんじゃなかったの?

 そう思っていると、横から、友達のさっちゃんが話しかけてきた。


「たんちゃん、カップ麺食べる?」

「たべる!」

「あ、それと知ってる?」

「知らなーい」

「社会科の野倉だけど、なんか保険屋ともめてるらしいよ?

 トンデモ不動産屋と一緒に、壊れてない部屋を壊れたことにして、保険金詐欺しようとしたんだって」


 カップ麺を吹き出すお姉ちゃん。

 やはり、お姉ちゃんに魔法なんて、××に○○だった!

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