第52話 一人の少女が『魔女』に堕ちるまで②

「あの……助けてくれてありがとうございます!」

「えっ……別に気にしなくていいんだよ。私は魔法少女として当然のことをしただけだから」



 メフィストの孤独な魔法少女生活が変わったのは、一人の少女との出会いが契機であった。いつものように、契約■■のビルの手助けを借りて、近くにいた魔獣を魔法を使って同士討ちをさせて倒していた。

 二体の魔獣の肉体が塵のように霧散していくのを見届けて、帰ろうとした瞬間。メフィストに一人の少女が声をかけてきた。助けられた礼を告げにきたのだ。



 普段であれば、見栄えが相当に悪い魔法のせいで怖がられるだけであるのだが、その日は違った。魔法少女になってから、一年が経過して初めての経験であった。



 助けた少女から礼を受け取ったメフィストは、足早に立ち去ろうする。魔獣を倒した現場にいつまでも留まっていれば、『連盟』の魔法少女との戦闘に発展してしまうからだ。

 少女からの礼の言葉に簡単な返事で済ませる。

 余計な面倒を避ける為に、ビルに転移魔法の発動を頼もうとしたのに合わせて、助けた少女が更に言葉を続けた。



「あの……私……お姉さんみたいな魔法少女になりたいんです! どうか私をお姉さんの弟子にしてください!」

「えっ、えー!?」



 思わぬ少女の発言に、メフィストは驚愕の声を上げた。礼を言われるばかりか、未熟な上に『連盟』にも所属していない魔法少女の弟子になりたい、という内容。

 先ほどから続く怒涛のイベントに、メフィストの思考が鈍る。「ど、どうしよう……」と助けを求める視線を、頼れる相棒のビルに送る。



 しかし肝心のビルは「さあ……?」という風に、首を横に傾けた。その際に、ビルの首輪に付けられた鈴が鳴る。相棒の無慈悲な選択の放棄に、メフィストは困惑の末、涙目になってしまう。



「はあ……仕方がないですね。そこのお嬢さん。とりあえず、この場所を離れましょうか。いつまでも、ここに突っ立ていたら、そこのお姉さんの迷惑になってしまいますよ?」



 そんな契約者の様子に軽くため息を吐いたビルは、助け舟を出す。ビルの言葉に元気よく返事をした少女と一緒に、転移魔法でその場を後にしたのであった。





 それからビルと契約した少女は晴れて魔法少女になり、メフィストは弟子を取ることになってしまった。メフィストは魔法の系統の違いや、そもそもの実践経験不足もあり、きちんと指導をできた気は全くしなかった。



 それでも頼りになる弟子――というよりかは後輩の少女の存在に、メフィストの心は癒やされていく。それだけではなく、メフィストに不足していた攻撃手段を補う少女の存在はなくてはならないものであった。



 互いに変身を解いた姿のまま、街で一番大きなデパートに二人は遊びに来ていた。アクセサリーの類や流行りの服、様々な種類のゲームが揃ってあり、彼女達のような年頃の少女にとって、身近にある手頃な出かけ場所である。



 和気あいあいと買い物を楽しむ彼女達の様子からは、裏で魔獣相手に魔法少女の面影は感じられず、ただの一般人にしか見えない。

 デパート内のレストランの一つで、昼食を摂り話題の映画を見に行こう。そういう予定で動こうとした彼女達を、一つの悲劇が襲う。

 ――魔獣がデパート内に突如として出現した。



「――!? 行くよ!」

「は、はい!」



 二人から少し離れた場所で待機していたビルに念話を送り、各々魔法少女の姿に変身をして、魔獣の反応がある場所へ急行した。

 デパートの中ということもあり、屋外とは違って守らなければならない一般人が多くいる。

 しかしメフィストの洗脳魔法で、魔獣の動きを抑制している間に、弟子である少女の魔法で止めを刺す。彼女達の必勝パターンであり、並大抵の魔獣では相手にならず、手に負えなければ『連盟』の魔法少女達が到着するまで足止めに専念する。



 どちらに転んでも問題はない。そうであるはずだった。

 逃げ遅れた親子を魔獣の攻撃から庇おうとした少女の体が、親子もろとも簡単に吹き飛ばれた。

 彼女達の体は壁に叩きつけられる。メフィストが反射的に視線を向けてみれば、本来では曲がっていけない方向に曲がっており、どろりとした赤い液体が溢れていた。



「――え?」



 メフィストの口から間抜けな声が溢れる。思考が乱れていく。呼吸が自然に荒くなる。

 目の前の光景を現実のものであると、彼女は受け入れたくなかった。



「――メフィスト!」

「――!」



 ビルの叫び声がどこか遠くのように聞こえ、それがきっかけとなりメフィストの中で意識が切り替わる。

 攻撃対象をメフィストへ変更した魔獣に、彼女は右手をゆっくりと向けた。



「――『堕落への誘い』」



 魔法の詠唱が終わる。それと同時に、魔獣の動きが完全に停止した。それまで、その魔獣に効果が見られなかった魔法の出力が上昇していた。

 僅かな魔力の消費で、対象の意識を完璧に掌握して、意のままに操れるようになったのだ。己の魔法の進化を、メフィストは本能的に理解した。



 メフィストは機械的な動作で、自分の首を掻っ切る真似をする。それに合わせて、人型の魔獣は鋭利な爪で自身の首を切り裂いた。

 勢いよく血が魔獣の首から溢れ出すが、魔獣は断末魔を上げることもなく、絶命してその体を塵に帰していく。



「――■■!?」



 それを見届けることもなく、メフィストは弟子である少女の名前は叫びながら、全力で駆け出した。

 慌てて少女の体に駆け寄ったメフィストは、一目で察してしまった。少女は、そして彼女が助けようとした親子すら、既に息絶えている。



「■■!? ■■!? 大丈夫!?」

「――――」



 メフィストは大声で少女の名前を呼ぶが、当然ながら返事はない。光を失った瞳が彼女を捉える。お前のせいである、と責め立ててくる。少なくとも、メフィストにはそう感じられた。



「――あ、ああああああああ!?」



 その瞬間。メフィストの魔力が暴走して、無意識の内に彼女は魔法を行使した。その対象は自分自身。

 現実を受け入れたくない。そんな思いで発動された魔法は、彼女自身の記憶を捻じ曲げる。その結果、最悪な『魔女』を産み出す結果になってしまう。



 『魔女』メフィスト。過程はどうあれ、大切な過去を自ら封印した哀れな『魔女』。自分の心の空洞を埋める為に、意識することなく彼女は■■に似た少女を追い求めて、日々悪虐を繰り返す。



「あはははっ!」



 世界一可哀想な『魔女』の笑い声――泣き声は、誰の耳に届くことなく、静かに消えていった。






「――やはり、よい起爆剤になってくれましたねぇ。あの少女は。お陰様で強力な手駒も手に入りました。――待っていてくださいね」

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