第40話 少女は再び鮮血に染まる②

「朝は散々だったな……」



 独り言をぽつぽつと呟きながら、通学路を歩く利恵。同じように、登校していく中学校の生徒達に混じる彼女の様子はどこか疲れているように見える。

 それもそのはず。朝食の席で父親からの思いがけない一言のせいで、推定自身利恵よりも歳下の少女――アリスを意識するようになってしまった。



 火照る頬を風に晒して冷ましながら、利恵は校門を潜り校庭に設置された時計がふと視界に入る。時刻は八時十分を過ぎていた。普段よりも多少遅れてしまっていたが、さほど問題はない。そう結論づけた利恵は下足箱で履き替える。



「柏崎さん。おはよう」

「おはようー。利恵ちゃん」

「おはよう」



 利恵は自分のクラスである教室に入ると、友人達に挨拶を交わす。そのまま自分の席に向かい、荷物の簡単な整理が済んだ利恵は友人達との話の輪の中へ加わる。



「それでね――」

「うんうん――」



 流行りのドラマに、アニメの感想。直近のテスト結果はどうだったか。他者から見ても取るに足らない内容の世間話。そんな内容の雑談でも、利恵にとってはしっかりと日常の中で生きているという証でもあった。



 友人達と利恵が会話していると、二人の生徒達が入ってくる。当然同じクラスメイトである為、その二人のことを利恵は知っている。



「有栖川君に、佐々木さん。おはよう」

「柏崎さん、おはよう」

「おはよう、柏崎さん」



 その二人の生徒の名前は有栖川悟に、佐々木恵梨香。利恵との関係はただのクラスメイトでしかなく、挨拶は交わすが、それ以上の交友はない。

 仲良しそうに自分達の席に向かっていく二人の姿を、利恵とその友人達はちらりと見る。



「あの二人、相変わらず仲が良いよね」

「そうだよねー。幼馴染なんだって、あの二人。付き合ってるのかな?」

「特に聞いたことはないけど……利恵はどう思う?」

「えっ? 私? 私も分かんないな、あはは」



 話の矛先が利恵の方へと飛んでくる。朝から自分の恋愛観について真剣に考えるだけで精一杯であった彼女には、曖昧に返答することしかできなかった。





「今日の授業は全部終了だ。気をつけて帰るように」



 その日の授業が全て終わり、帰りのホームルーム。担任の教師の言葉が終わった途端に、各々が教室を退出していく。利恵も自分の鞄を持ち、人の流れに乗り帰路を進む。

 校門を出た所で、クラスメイトと別れる。残念ながら、利恵と同じ方向に帰る生徒はほぼいない為、必然的に独りになる。



 日常的に当たり前のことになっている為、寂しいとは感じないが、その日は何故か胸騒ぎがして、自然と彼女の足は早くなる。



 その胸騒ぎの原因は、ここ最近の魔獣の出現率の高さが関係しているのかもしれない。利恵の記憶が正しくければ、ここ数日間は魔獣が出たというニュースが多かった。特に利恵が住んでいる街のものが大半を占めていた。



 討伐者の名前が載る場合があるのだが、その半分程度は黒アリスの名が見受けられた。偶に利恵の元に訪れる黒兎から、アリスが魔獣退治に精を出していると聞いていた。

 利恵が手伝うことはほぼない。それは彼女の魔法の危険さを考慮して、アリス本人から申し出自体がないのだ。先日あった、使い魔の躾は例外であるが。



(また……顔を会わせたら、少しぐらい文句を言いたいかな……。この前の件は流石に疲れたし……)



 利恵はアリスの変身前の姿を知らない。それはアリスの方も同じであった。今の所互いに知っているのは、魔法少女としての姿だけだ。

 利恵は『エリザ』としての自分だけではなく、『柏崎利恵』のありのままを知ってほしいと考えていた。

 しかしアリス側の事情で、変身前の姿で会うには至っていない。何故か直接会おうという話になると、不自然な程に話題を逸らそうとしてくるのだ。



(次に黒兎が来たら、会う約束でも取りつけるようかな……)



 そんなことを考えて、胸騒ぎを紛らわせようとしていた利恵。何とも言い難い不気味さを感じさせる夕焼けに照らされた道のど真ん中に、一人の少女がいた。



「――あら、可愛いらしい娘じゃない。うん。、貴女に決めたわ」



 子悪魔を連想させる露出の多い姿の少女は、これまた作り物とは思えない尻尾を動かしながら、言葉を紡ぐ。少女が纏う異様な雰囲気に圧倒されていたが、魔法少女――『魔女』である利恵は、少女が魔力が放出しており自身と同類と悟った。



「あ、貴女! もしかして『魔――」

「ん? まさかの同業者? まあ、どうでも良いわ。精々私の手駒として頑張ってね。――『堕落への誘い』」



 瞬時に危険を察した利恵が変身間もなく、目の前の少女――『魔女』が魔法を発動した。それと同時に、利恵の意識は遠のいていく。視界が完全に暗闇に染まる直前で、利恵が最後に見たのは、場違いなまでの『魔女』の蠱惑的な笑みであった。

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