第39話 少女は再び鮮血に染まる①
「うー、もう朝か……」
エリザこと柏崎利恵は微睡みから目覚めた。そのきっかけとなったのは、枕元から聞こえてくるのは流行りのドラマの主題歌。デフォルトで設定されている電子音は好かなった為、現在のものに変更されている。
おぼつかない手つきでアラームを切り、頬をパチンと叩き意識を覚醒させた。そしてパジャマの格好のまま、洗面所に向かい、冷水を出して顔を洗う。
「冷たい……」
水の冷たさは、覚醒しきっていない利恵の意識を完全に切り替えさせた。その後部屋に戻り、パジャマを脱ぎ制服に着替えた。
部屋にあった姿見でおかしな部分がないかを確認した。リボンはきちんと結ばれており、制服も問題なく着られていた。
「利恵ー! 朝ご飯できたわよー!」
「はーい! すぐに行くよ!」
一階から利恵を呼ぶ声がした。どうやら朝食の準備ができたようだ。大きな声で返事をした利恵は、早足でリビングに向かった。
食卓に並べられていたのは、焼き魚と味噌汁。茶碗に軽く盛られた白米であった。ほくほくと昇る湯気から、食欲をそそられる匂いが鼻に入ってくる。
利恵がリビングに入室すると、先に席についていた彼女の両親は既に食事を始めていた。
「冷める前に早く食べなさい」
「ありがとうね。いただきます!」
それから数分間は黙々と三人は食べ続けていると、父親が利恵の顔を凝視して、ふとした拍子で口を開く。
「……利恵。お前、誰か好きな人でもできたのか?」
「ぶぅ!」
突如投下された爆弾発言。それを聞いた利恵は思わず口に含んでいたものを吹き出してしまい、母親は動じた様子を見せず、布巾を差し出してきた。
それを受け取り、利恵は慌ててテーブルや床に溢れてしまったものを拭く。幸い制服にはかかっておらず、着替える必要はない。
拭き終わった利恵は、父親に抗議の視線を送る。
「いきなり何を言うのよ、お父さん! 私に好きな人なんかいないよ!」
「そうか……最近お前の様子が変だから、もしかしたらと思ったが……。俺の勘も鈍ったものだな」
ははは、と笑い言葉を締めくくった父親。もう少し文句を言いたかった利恵だが、母親の厳しい視線に黙るしかなかった。父親が話を早々に切り上げたのも、母親の圧に屈してしまったからだろう。
食事が終わるまで、先ほどまでの父親の言葉が頭の中を駆け巡っていた。好きな人。そんな人間がいただろうか。その時に思考を回す利恵の脳内に浮かんでくるのは、一人の人物であった。
約一ヶ月前に知り合った、利恵自身よりも背丈の低い少女。黒色のエプロンドレス姿の少女の名は、アリス。巷では黒アリスと呼ばれていた。
以前に自分を助けてくれた妖精――黒兎の頼みで、何回か顔を合わせていたのだが、その度に厄介事に巻き込まれていた。
ある時は、ただの模擬戦のつもりが肝心のアリス本人が暴走してしまい、またある時はアリスの使い魔の躾に駆り出されもした。
当然小言も言ったこともあるが、それでもアリスと過ごす時間は利恵にとって心地よいものであった。なぜなら、今でこそ普通の生活を送ることができているが、一年前まではそうではなかった。
『――良かったら、契約しませんか? 魔法少女になって魔獣を倒せば、君はもっと周りの人間達から褒めてもらえるはずだよ? なんたって正義の魔法少女様だからね』
約一年前に利恵に声をかけてきた妖精。耳触りの良い言葉に乗せられて、魔法少女になった利恵。日常生活に支障をきたしたくないという理由で『連盟』には所属することはせず、未登録の魔法少女としての道を選んだ。
しかしそれで一つでも多くの命が救える。それだけで頑張れる意欲が湧いてきていた。――魔法の暴走が起こるまでは。
血液そのものや、魔力を血に変換させて操る魔法。それが利恵に与えられた力であった。シンプルな効果でありながら、様々な武具の形をとらせることで、日々の魔獣との戦闘に大いに役になった。
けれど、過去の利恵は失念していた。過ぎたる力には代償が必要であるということを。
利恵の魔法は使用する頻度が多くなる程、血や魔力を求めるようになってしまう。症状が軽ければ、我慢することで時間が解決していた。だが、激化する魔獣や『連盟』の魔法少女との戦闘。
当然のことであるが、たくさんの魔力を消費した。その結果、魔法の制御をすることができず、魔力を求めて魔獣だけではなく一般人も襲うようになってしまった。
最後の一線を越えないように、なけなしの理性で血を摂取することはなかった。それでも『連盟』には『魔女』認定されることになり、家族に迷惑はかけたくないと家に帰ることもなかった。
『うーむ。期待外れでしたね。中途半端に理性が残っているせいで、魔獣を倒すのにも支障が出ている。お陰で『エネルギー』の回収も思うように進みませんね。君との契約はここまでです。魔法はしばらくは使えますので、『連盟』に処罰されるなり、魔獣の餌になるなり好きにしてください。では』
最後の拠り所であったはずの妖精は、そう言葉を言い残して利恵の前から姿を消した。『連盟』に保護されると、社会復帰の為に相当な面倒な手順を踏む必要があり、その後も職員による厳重な定期観察も存在する。
端的に言うのであれば、『魔女』の烙印とは犯罪を犯した者と同列に扱われてしまう。
周りの人間にこれ以上の迷惑をかけたくない。その思いで『連盟』からの追手を退ける日々の中、限界を迎えようとした時に、当時逸れ妖精の黒兎に出会った。
魔力不足により、襲いかかりそうな利恵に、黒兎は自身の魔力を分け与えた。
『どうして……私を助けてくれたの?』
魔力不足が解消されて、飢餓感が薄れた利恵は問いを投げた。利恵が当初契約した妖精は違い、身を削ってまで助けてくれた黒兎に疑問が湧いたのだ。
『――困っている人間がいたら、見捨てない。それが吾輩の座右の銘なんだな!』
そう答えた黒兎の自信に満ちた声は、とても印象深く利恵の記憶に刻まれていた。
その後暴走が治まった利恵は、突発的な家出という形で処理を受けて、無事に日常に帰ることができた。そして黒兎から聞いた、妖精達の事情のことを踏まえれば、二度と魔法の力は使わないと誓っていたのだが――。
恩人――恩妖精?――である黒兎の頼みを断りづらかった為、アリスに出会ったのだ。利恵の推測ではあるが、歳下であるアリスがどういう手法で、黒兎の願い『魔獣をこの世から全滅させる』という荒唐無稽な絵空事を実現するのか。
それが気になり、アリスに惹かれるようになったのか。それとも彼女の愛らしい容姿に目を奪われたせいか。
その理由は利恵自身にも分からない。しかし父親に好きな人物がいるかどうかを聞かれた際に、アリスのことを連想したのはそういうことだろうか。
(いや……私が好きなのは男の子、男の子……)
暗示のように繰り返し、心の中で呟く利恵。そんな彼女の様子を疑問に思った父親が再び声をかける。
「さっきのは冗談だから、気にしなくていいぞ」
「……」
しかしその声が利恵に届くことはなく、彼女は熱に浮かされたような感覚のまま、食事を終えて中学校に登校する羽目になった。
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