第35話 悪竜退治②

(エリザ達には負担を欠けて申し訳ないな……)



 悟の視線が前方に向く。異形の竜――ジャバウォックと、エリザやトランプ兵達が戦闘を行っていた。トランプ兵が数の多さを活かして、ジャバウォックの注意を引く。

 その隙を見計らって、エリザが死角に入る。深紅のドレスを翻しながら、『ブラッド・パルペー』が振るわれた。しかし硬質な音が響くだけで、相変わらずジャバウォックの体には損傷は見られない。



 黒兎はまた別方向から、エリザやトランプ兵達に身体能力を向上させる魔法を行使して、前線を支援していた。事前にトランプ兵にかけていた『惑いの狂時計』も作用しており、前線はしばらくは保ちそうであった。肝心の結界が先にその役割を終えそうであったが。



 ジャバウォックと交戦している場所から、少し離れた場所。二体のトランプ兵のみを護衛につけて、ある作業に集中したいる悟。

 その作業とは、使い魔の強化召喚であった。術者の魔力を一体の使い魔に集中させて、その使い魔の力を一時的に飛躍的に上昇させる方法であった。

 しかしこれにはデメリットがあり、強化した使い魔を呼び出すには時間が膨大に要する。それだけではなく、他の使い魔を召喚することが半日以上できなくなる制約がつく。その縛りを少しでも回避する為に、事前にトランプ兵の軍団を召喚したのだが、今回の戦闘が終われば、しばらくの間悟は無力になってしまう。

 そのデメリットの高さを顧みても、強化召喚なしではジャバウォックを打倒することは不可能という予想であった。



 呼び出すのはチェシャ猫であるのだが、純粋な力比べではジャバウォックには劣る。そこにトランプ兵やエリザの加勢に、黒兎の魔法による援護。

 それらを考慮しても、中々厳しいものがあり、勝利の天秤からジャバウォックの方へ傾くだろう。その理由はチェシャ猫にはない、ジャバウォックの能力にある。



 再び意識を黒兎達の方にやる。

 黒兎の魔法によって上昇した筋力から振るわれる『ブラッド・パルペー』。エリザが狙ったのは、硬い鱗に覆われた体ではなく、防御のしようがない部分である眼球。

 エリザの手には柔らかいゼリーを切り裂いたような感触が残る。それと同時に、ジャバウォックから大きい鳴き声が上がった。



「■■■■――!?」



 ジャバウォックの右側の眼球から、体色と同じ紫色の血が流れた。

 ようやく有効な一撃を与えられたと、喜びの表情を浮かべるエリザ。しかし彼女のその顔も、すぐに渋いものに上書きされる。

 傷跡から白い蒸気を上げながら、ジャバウォックの肉体が再生していく。これがジャバウォックが保有する能力の一つ。再生であった。巨体に高い身体能力を遺憾なく発揮する天災。

 他にも召喚主である悟が把握している能力――というよりかは、攻撃方法があった。竜ならではの攻撃手段である。



「■■■■――!」



 ――それはブレスであった。

 ジャバウォックの顎が開けられる。魔力が口内に収束して、凄まじい熱線が放たれる。



「――! エリザ! 早く避けるんだな!」



 ジャバウォックの異変――攻撃の予兆にいち早く気づいた黒兎が、エリザに大声で忠告を飛ばす。



「――分かってるって!」



 黒兎より少し遅れて、最前線で戦闘を行っていたエリザが感知する。慌てて彼女は回避動作を試みるが、間に合いそうにない。それを補助する為に、トランプ兵がジャバウォックの視界を塞ごうと動く。



「■■■■――!」



 鬱陶しそうにジャバウォックが首を動かして、射線が僅かながらズレる。その瞬間、エリザのすぐ横をブレスが通り抜けた。



「――っ!?」



 皮膚が少し焼ける匂いが、エリザの鼻を侵す。かするのみで、魔法少女に変身することで、常人より強化された肉体にダメージを与える程の威力。痛みに顔をしかめつつも、急速に離脱した。

 射線上にあった木々は完全に消滅しており、殺傷性の高さが察せられる。



「アリスっ! まだなんだな!」

「――ごめん! もう少しだけ時間を稼いでくれる!」

「流石にもう厳しいんだけど……!」



 エリザの泣き言が聞こえてきが、悟にも他に気を配る余裕はない。精々生き残ったトランプ兵を操作して、ジャバウォックからのヘイトが、エリザや黒兎に行かないようにするだけで低いっぱいだ。



「仕方がないか……!」



 強化召喚が終わるまでに、要する時間は後数分間ある。それだけの時間を捻出する為に、最後の保険を切られた。

 黒兎の『惑いの狂時計』の影響下にあるトランプ兵を、一斉にジャバウォックに向かわせた。ブレスを放った直後である為か、反動で動きが鈍っているようだ。

 トランプ兵達が一斉に群がっていく。それに不愉快そうな唸り声を上げて、ジャバウォックは振り払おうとするが、満足に体が動いていない様子が確認できた。



 これでジャバウォックが調子を取り戻したとしても、『惑いの狂時計』の効果により、動きを止めて時間を稼げるだろう。

 ジャバウォックの相手を少しの間だけトランプ兵達に任せて、黒兎とエリザは後退をした。黒兎からの回復魔法を受けながら、呼吸を整えているようだ。



「■■■■――!」



 一方のジャバウォックは、自分の体に群がるトランプ兵を叩き落とし、噛み砕く。一体一体と、あっという間にその数を減らしていった。



「ねえ……これ私が戦闘に戻った方が――!」

「――その必要はなさそうなんだな。遅かったんだな、アリス」

「――ごめん。ようやく終わったよ」

「Nyaaaa!」



 チェシャ猫を連れた悟が、戦場に復帰した。結界魔法が戦闘の余波で壊れるまで、残り五分。

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