第21話 模擬戦②
「どんな攻撃を見せてくれるのかな?」
アクアと続いて、二度目の本格的な戦闘で魔法による副作用が出始めているのか。エリザは悟の出方を、好物を前にした子どものように無邪気な笑みで伺っている。
(もしかして早めに戦闘を終わらせた方がいいのかな……? でも、エリザさんのあの様子だと、僕の言うこと聞いてくれると思わないし……黒兎は異変に何も気づかないのか?)
悟は視線を黒兎の方に向ける。人間のものとは造りが異なる妖精から表情を読み取るのは非常に困難だ。しかし手合わせ開始前のように、ふざけた様子は見られない。
神妙な面持ちで二人の戦いを見守っている。悟にはそう感じられた。
(考えていても、仕方がない……)
考えた結果、悟は短期決戦をしかけることにした。トランプ兵に指示を出して、エリザを包囲させる。エリザの動きを牽制している間に、『腕』を突っ込ませた。
「おっ……早いね。『それ』」
素早く迫る『腕』に対して、エリザは『ブラッド・パルペー』を解除して自身の体に魔力として還元し、身軽な状態で回避を試みた。
その行動を邪魔をする為に、簡易的な包囲網を形成していたトランプ兵達が一斉に動く。一番初めに接敵したトランプ兵が一瞬の内に切り裂かれた。
エリザの手には『ブラッド・パルペー』の産物である鎌が握られている。どうやら一旦『ブラッド・パルペー』を解除して見せたのは、悟からの攻撃を誘う為だったようだ。
エリザは続けて残りの六体全てのトランプ兵を鎌の餌食にした。
トランプ兵を倒したばかりで硬直しているエリザに『腕』が襲いかかる。彼女の体に巻きつける形で、拘束しようと迫る。
「無駄だよ!」
エリザは鎌で『腕』そのものを攻撃することなく、力を利用して受け流す。彼女はお返しと言わんばかりに、鎌を思いっきり振り下ろす。
「ちっ……!? 『ブラッド・パルペー』が通らない!?」
ガキン、と。『腕』には刃が通らずに弾かれた。それ以上の追撃が無駄と悟ったエリザは、攻撃の対象を術者である悟に切り替える。
当然悟も無抵抗で倒されるはずがない。『腕』を操作して、エリザの行手を阻もうとした。
しかしそのどれもが上手く躱され、鎌の刃が悟の首に迫る。
追加のトランプ兵を呼び出す隙も、『腕』を防御にまわす暇もない。万事休す。悟がそう思った時、口が勝手に動く。
「――『■■の■の■■・ハンプティダンプティ』、『チェシャ猫』」
自分のものとは思えない程の冷たい、機械的な声。それで告げられたのは、魔法の詠唱であった。
他の被造物と同様に、『それら』は悟の影から現れる。
「お呼びとあれば、即参上!」
「Nyaaaa!」
一体目は、等身大の卵――に人間の手足、目と口が生えている――であった。まるで舞台で活躍する俳優のように、大袈裟な挙動で登場した。『ハンプティダンプティ』という名称になる。
『チェシャ猫』と呼ばれた二体目は、巨大な猫を模したぬいぐるみに似た外見をした異形。ボタンで作られた無機質な目が、敵対者であるエリザに向けられた。
突然の乱入者の出現に、慌てて距離をとるエリザ。トランプ兵や『腕』のどれとも異なる召喚物。土壇場で魔法が覚醒したのだろうか。しかしそれにしては悟の様子がおかしい。
そんな悟に違和感を覚えたエリザは、魔法による高揚が消え、思考に焦りが混じる。一刻も早く、この模擬戦を中断した方がいい。
観戦していた黒兎も同じ結論に至り、悟に直接呼びかけた。
「アリス! もう十分だな! 戦闘を止めるんだな!」
「――」
黒兎の呼びかけに、悟は応えない。無視しているのか、聞こえてないのか。
ハンプティダンプティと呼ばれた異形は、ニタニタと粘着のある笑みと、嘲り視線を黒兎に向けている。
「無駄だよ、無駄。■■様にはお前の声は届かない」
チェシャ猫には特に変わった反応を見せない。
悟に声をかけても無駄だと察した黒兎は、エリザの方に声を飛ばす。
「エリザ! アリスの様子がおかしいんだな! 早く止めてほしいんだな!」
「ははは……冗談キツいよ。無理難題すぎない?」
エリザの頬に一筋の汗が伝う。彼女が『魔女』として活動していた時期に培った経験が告げる。悟の魔法によって新たに召喚された二体の異形。
ハンプティダンプティとチェシャ猫。この二体の異形の強さは、上級の魔獣に匹敵すると。
そして『腕』の本体はそれ以上になるであろうと。
特にハンプティ・ダンプティは召喚者である悟の異変を気にする様子を見せず、黒兎とエリザに友好的な態度には見えない。
エリザは『ブラッド・パルペー』による鎌を強く握りしめて、二体の異形に相対する。
「■■様の命令だよ。無礼を働いた愚か者は始末しないと」
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