第20話 模擬戦①
「じゃあ、気を取り直して手合わせでもしてみる?」
「それは良いアイデアなんだな!」
エリザは収集がつきそうにない状況を、別の話題を提供することで無理やり打開した。黒兎はその流れに全力で乗っかり、大袈裟に首を振りエリザの提供に賛同の意を示す。
実際に魔法を使用した模擬戦は効果はあるだろう。というよりは、エリザと悟の魔法系統は互いに異なる為、残された手段がそれぐらいしかないのだが。
悟とエリザの二人から少し離れた場所で、黒兎はある魔法を発動していた。いつもの『門』が形成されていないことから、転移の魔法でないことは分かる。
「よし……これでいいんだな!」
「黒兎、その魔法は?」
「これは結界の魔法なんだな。一定範囲内の空間を外界から遮断して、異空間に作り変える効果なんだな。これを張っておけば、戦闘による影響も考慮しなくていいんだな。使える妖精が少ないという点に目を瞑れば、欠点のない魔法なんだがな……」
耳を垂れさせて、残念そうに呟く黒兎。確かにこの魔法を使用できる妖精の数が多ければ、魔獣との戦闘で周囲の被害を気にする必要がなくなるだろう。しかし現実はそう甘くないようだ。
「これって、他の魔法少女――『連盟』に補足されないよね?」
「そこは安心してほしいんだな! 吾輩の結界魔法は特別性! 魔力の気配を漏らすようなへまはしないんだな!」
「それは頼もしいね」
先ほどまでの様子とは違い、黒兎は胸を張っている。鼻息が聞こえてきそうな程に。
「なら周囲に配慮する必要がなく、暴れられるってことでいいんだよね?」
「もちろんだな」
「よし、なら準備しようか。アリス」
「は、はい!」
■
悟とエリザは互いに十分な距離をとり、向かい合う。その距離、約十メートル。常人にとってはそれなりの距離も、魔法少女として埒外の身体能力を有する彼女達にすれば、間合いにすぎない。
魔獣やフレイムとの戦闘で感じた緊張とは、別種の何かが悟の心に生まれる。その感情が何であるか、今の彼には心的余裕はない。
対するエリザは腕を組んだ状態で堂々と立っている。緊張など微塵もしていないように、悟には見えた。
そんな二人の中間ぐらいの位置に黒兎はいた。話し合いの結果、審判の役割をこなすようだ。
「二人とも、準備、いいんだな?」
どこから取り出したのか。黒兎は紅白の旗を小さな両手で持っている。完全に役になりきっている。二人に問いかける声色は真剣そのものだ。
その黒兎の問いに、それぞれが答える。
「僕はいつでも……!」
「私も問題ないよ」
二人のその答えに満足した黒兎は両手の旗を上げ、勢いよく振り下ろす。
「模擬戦、開始なんだな!」
その声が合図となり、両者は臨戦体勢に入る。
「……魔法を使わないの?」
「初心者相手に始めから本気でやる程、大人気なくはないよ」
「なら、お言葉に甘えて……。――『■■の■の■■・トランプ兵』」
悟は未だに名称が不明の魔法を行使する。術者の号令に従い、影から現れたのは十体のトランプ兵達。剣や槍。それぞれの武器を携えて、敵であるエリザに相対する。
「へえ……それがトランプ兵か。『アリス』に因んでるのかな? まあ、次は私の番だな。――『ブラッド・パルペー 』」
エリザの体から魔力が噴出し、それは数秒間の過程を経て、血に変換され鮮血の鎌を形作る。
彼女が武器を手に取ったことを攻撃をする意思だと解釈した三体のトランプ兵が槍による突きを繰り出す。
「――甘いよ!」
エリザは慣れた手つきで鎌を操り、トランプ兵の攻撃をいなし、カウンターで紙の体を切り裂いていく。飛びかかった三体全てのトランプ兵が、その一撃で地に伏せることになった。
倒されたトランプ兵達が魔力に還元されて、消滅していく。元から期待していないとはいえ、悟はトランプ兵があっさりと始末されたことに焦りを覚える。
(……強いな、エリザさん。しばらく戦ってないとはいえ、あの鎌の扱い……。このまま数に任せて特攻させても、目眩ましにもなりそうにないな……。なら――)
「んー? もう終わり?」
「そんな訳ないよ。――『■■の■の■■・ジャバウォック』」
残り七体のトランプ兵達を前に重点的に配置し、守りの体勢に入る悟。しかし彼本人もトランプ兵の前衛の能力は信頼していない。あくまでも、僅かな時間稼ぎができればいい。その程度にしか考えていなかった。
行動を起こそうとしている悟に、エリザは特に何かする様子は見せない。ただ鎌を無造作に弄ぶだけだ。
悟の魔法が完了したと同時に、悟の影から紫色の『腕』が現れた。攻撃性の高そうな『腕』の出現に、エリザは好戦的な笑みを浮かべる。
「――第二ラウンド開始って所かな?」
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