第13話 魔法少女アクアvs『魔女』エリザ

「――『魔女』エリザ。貴女は今日ここで拘束させてもらいます」



 アクアは静かに宣言した。相手は『魔女』――『連盟』に所属していない上に、私利私欲の為に魔法を行使する無法者。

 彼女には一切の手加減をする気はなかった。



 アクアは言葉を紡ぐ間にも、目の前の相手からは決して視線を逸らさない。

 ――『魔女』エリザ。アクアが記憶している情報によれば、血液を操作することに長けた魔法の使い手。

 最近こそ目立った行動はあまり確認できなかったが、魔法の性質上、他者からの血液や魔力の強奪を目的に暴れまわっていた時期がある、極めて危険な『魔女』である。



(今回の襲撃も、魔力目当てかしら……? それにしてはここしばらくは彼女の目撃情報がなかったことが気がかりですけど……)



「へえ……やれるもんならやってみろよ!」



 アクアの思考を遮るように、挑発に応えたエリザは『ブラッド・パルペー』で作り出した鎌を携えて、一気に距離を詰める。



「――『ウォーター・ソード』」



 自分に特攻してくるエリザにアクアは慌てることなく、冷静に魔法を発動した。

 ――『ウォーター・ソード』。アクアが近接戦を行う際に、よく用いられる魔法である。

 水に変換した彼女自身の魔力を剣状に固定する。その切れ味は、本物の剣と遜色がないレベルになる。



 ガキン。鉄製ではない両者の武器は、そうとは思えない金属音を立てて、ぶつかり合う。

 火花が散り、拮抗状態に陥る。



「……流石は『連盟』所属の魔法少女様だ。大概の相手だったら、この鎌の一振りで終わるんだけどな!」

「くっ……!」

「返事もないなんてつれないな!」



 エリザは鎌に込める力を強めた。押し込まれそうになったアクアはスカートが捲れるのも厭わずに、蹴りを繰り出した。



「ちょっ……危ないな!」



 反射的に蹴りをかわして、距離を確保するエリザ。鎌を構え直して、アクアの次の行動に最大限の警戒をした。



 対するアクアの方も、『ウォーター・ソード』を握りしめて体勢を立て直す。



(思ったよりも強くて興奮しちゃったけど、よくよく考えたら、私無事に逃げ切れるかな……?)



 エリザは余裕そうな表情を崩すことはない一方で、内心では泣き言をあげるという器用なまねをしていた。



(くそー! もう、どうにでもなりやがれ!)



 エリザは半ばやけくそ気味に、再びアクアに突撃を行った。





「後一歩の所でしたのに……」



 アクアは残念そうに呟く。『魔女』エリザとの戦闘に突入した結果、善戦こそしたものの捕縛対象である彼女を逃がしてしまった。



「とりあえず、詳しい被害状況について確認しないと――」



 今回の襲撃事件。死傷者こそいなかったが、目に見える建物の被害は相当なものだ。怪我人の手当ても早急に対応しなければならないだろう。



 そう思考していたアクアの耳に、相棒――彼女本人は認めたくないが――であるフレイムから念話が届く。



 元々昼間の中学校に出現した魔獣。それを討伐した未登録の魔法少女の捜索・保護がアクアとフレイムが『連盟』から任務であった。

 しかし急な『魔女』エリザによる襲撃によって、その対応にあたっていたのだが――。



「――件の魔法少女と交戦した上で、逃げられた?」



 どうやらアクアがエリザと戦闘している時とほぼ同じ頃、フレイムの方は『保護対象』と遭遇していたようだ。



(考えないといけないことがまた増えたようですね……)



 エリザによって齎された支部の被害状況に、フレイムの戦闘行為の事後処理。

 そして『保護対象』である未登録の魔法少女。



 アクアが一息つけそうになるには、まだまだ時間が必要な感じである。





『――お兄ちゃん』



 決して忘れるはずのない少女の声が鼓膜を揺らす。

 これは夢だ。そう確信できた悟は、声がした方向に視線をやる。



 悟の視線の先には、一人の少女がいた。

 黒色のエプロンドレスに、脱色したかのような白髪。その頭上で結ばれたリボン。

 不思議な国を舞台にした童話の主人公のような出で立ち。



 魔法少女に変身した悟の姿そのものであった。

 顔は悟――妹である久留美――と同じであるのだが、彼には妹がこのような格好をしていた記憶が一切ない。



(――そういえば、久留美の魔法少女の姿……覚えてないな……。僕の変身した時の顔が久留美にそっくりだったせいで、この夢を見たのかな?)



 夢の産物である妹と対面する悟。不思議と動揺はなかった。



 悟と向かい合う少女は無表情の顔に■■を浮かべながら、これまた懐かしい声で言葉を発した。



『――――』



 その言葉に何と返答したのか。目覚め特有の浮遊感に身を委ねている内に、夢を見たこと自体、悟の脳内に刻まれることはなかった。

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