第7話 新たな魔法少女達②

 時間は『世界魔法少女連盟』――『連盟』の支部から派遣された二人の魔法少女達が、生徒達に対して情報収集を始めた頃。



 悟と恵梨香は会話を続けていた。先ほどまでの興奮が落ち着いた恵梨香は、重症を負ったクラスメイトについて心配を顔に露わにしていた。



「野崎君、どうなったのかしら……」

「さっき先生に確認してみたら、『連盟』関係の病院に送られて、無事だったて」

「よかった……」



 安堵の息を吐く恵梨香。そんな彼女に対してだけではなく、クラスメイトである野崎にも悟は内心申し訳なく思った。



(僕がもう少し早く変身していれば……野崎君も怪我をせずにすんだのに……)



 後悔先に立たず。いくら悔いようと、結果は覆せない。

 その悔しさを、悟は一日でも早く魔獣を倒し切る為の原動力の一部にすることに決心した。

 自分達のような被害者が、これ以上増えないように。



 そんな時。一度魔法少女に変身したことで、研ぎ澄まされた第六感。野生動物の勘並に鋭くなった悟の感知範囲内に、二人の魔力反応が現れた。

 


「――!?(さっき倒した魔獣以上の魔力!?)」

「どうかしたの……?」

「い、いや……問題は――」



 できるだけ平静を装うとしながらも、ガチガチと音を立てる歯が止まることはない。

 さり気なく恵梨香を含めて、周囲の人間に別の脅威が近づいていると伝えようとした瞬間。悟達に、声かけてくる存在がいた。



「えーと、君達。ちょっとお話聞きたいけどいい?」



 その人物は一見悟達とそう年齢の変わらないであろう少女であった。けど格好は普通とは縁遠いものであり、彼女を警戒すべき存在だと、本能が告げていた。



 赤色のドレスに似た服装。その特異的な格好と纏う魔力から魔法少女であると、悟は判断し警戒を解いた。

 隣にいる恵梨香も、同じような結論に至ったのか。特に気にした様子もなく、むしろ嬉しそうに雰囲気を一変させた。



「――魔法少女フレイムだよ。よろしくね」

「フ、フレイムだよ! 有栖川君!」

「あ、ああ……」



 魔法少女フレイム。それが赤色のドレスを着た魔法少女の名前であった。

 悟は魔法少女に関する話題が苦手である為、ほとんど知らない状態や等しいのだが、恵梨香の反応を見るに、どうやら知っているようだ。



 先ほどと同程度の興奮ぶりであるが、普段からは考えられない程のテンションの上がりようだ。

 常日頃から悟のことを気遣って、魔法少女についての話題を全く出してなかったと伺える。



 推しのアイドルを目の前にしたかのような恵梨香の高揚ぶりに、悟は驚きつつも、ざわついていた心が落ち着くのを感じる。



(そうだ……相手は魔法少女だ。怖がる必要はない)



 そう気を取り直した悟は、恵梨香とフレイムの会話に耳を傾けようとした。

 しかし悟が気持ちの整理をつけている間に、二人の会話――簡易的な事情聴取のようなもの――は終わってしまったらしい。

 そこそこの時間、悟は自己に埋没してしまったようだ。



「ふむふむ……なるほど。情報提供ありがとうねー」

「いえ……私なんかの話が役に立つのなら、それだけで嬉しいです!」

「ははは、人気者は辛いなーって痛! 何するのよ!?」

「目を離すと、すぐに調子にのって……。すいません、ご迷惑をかけまして」



 恵梨香の煽てる言葉に気分を良くしていたフレイムが、背後から後頭部を叩かれて、痛みで呻く。

 突然の襲撃をかけてきた人物に、フレイムは瞳に涙を浮かべながら、恨みがましい視線を送る。



 そんなフレイムの視線を意を介さずに、乱入者である少女――アクアは謝罪の言葉を悟と恵梨香の二人に告げる。

 度重なる魔法少女の登場に、魔法少女好きである恵梨香は歓喜の悲鳴をあげた。



「も、もしかして……魔法少女のアクアさんですか!?」

「はい、そうですが……。忙しいので、私達はこちらで失礼します。……行きますよ、フレイム」

「いただ! だから引っ張るなって!」

「あ、行っちゃた……」



 嵐のように去っていった二人組の魔法少女。その後ろ姿を残念そうに、恵梨香は見送った。

 幼馴染の機嫌を回復させる為に、自らタブーとしていた話題について触れることを解禁した。



「佐々木さん、よかったらあの二人のことについて教えてくれる?」

「え……有栖川君……大丈夫なの?」

「普段から僕に気を遣って、魔法少女の話題を控えていたんでしょう? ちょっと気持ちに変化があってね。いいかな?」

「……うん!」



 機嫌を良くした恵梨香から、悟は二人組の魔法少女――フレイムとアクアの大まかな情報を得ることができた。



 魔法少女フレイム。その名前の通り、火属性の魔法の使い手であり、一対多数の戦闘を得意としている。

 しかし魔法の攻撃範囲が非常に広い為、街中で戦闘を行った場合、周辺の建造物に対する二次被害が多いらしい。



 魔法少女アクア。水を操る魔法に長けており、様々な場面で応用が効くようだ。サポートから、単独による戦闘を熟すことも可能とする。

 けれど基本的には、フレイムとチームを組ませられることが多い。水魔法でフレイムの火魔法による周辺被害を抑えることが目的のようだ。



 更に悟は『連盟』が運営する公式サイトの情報について聞く。



「――『魔法少女ランキング』?」

「うん。単純な魔獣の討伐数だけじゃなくて、年に数回開催される、ネットでの投票で順位が決まるらしいよ」



 悟は意図的に魔法少女に関係するものは避けてきたが、『連盟』が運営するサイトの存在は知っていた。

 魔獣や魔法少女に関する情報を発信する程度のサイトと思っていたが、『魔法少女ランキング』と呼ばれるものもあるようだ。



(これじゃあ……本当にアイドルと遜色ないんじゃないのか……。いや、こうやって親しみやすい存在だとアピールすることで、民衆に抵抗なく受け入れてもらうことが目的かな?)



 人間は本能的に、自分と異なるものを排除しようとする傾向にある生物だ。

 中世ヨーロッパにて横行した魔女狩りは、その最もたる例だろう。

 不可思議な力を用いて、物理法則に縛られない現象――かつては『神』にだけ許された特権である奇跡――を容易く起こす。

 その有り様は、魔法少女というファンシーな呼称に変化していても、魔女そのものだ。



 魔獣の出現で世界に混乱が満ちた同時に、現れた魔法少女。彼女達に人々の悪意を向けないようにする為の『連盟』の戦略の一つなのだろう。



(僕のことが世間にバレたらどうなるのかな……?)



 何しろ男で魔法少女に変身するという異例の極みである悟。その扱いがどうなるか、本人にも予想はできない。



「まあ……なるようになるかな……」

「ん? どうかしたの?」

「ううん、何にもないよ」



 ぶつぶつと呟く悟に、尋ねる恵梨香。それに対して、問題ないと返事を返した悟は、意識を先ほどの二人組の魔法少女達に向けた。



 少し離れた場所で虚空に向かい何かを告げた後、遅れて到着した『連盟』の職員に仕事を引き継いで、浮遊魔法によって去っていった。



 流石に向上した悟の聴力でも、距離が離れすぎていた為、会話の内容を盗み聞きはできなかった。



「おーい、お前達。一旦集まれ!」



 ある男性教員の声が響く。安否確認の為に、全校生徒を体育館に集合させて、点呼を取るようだ。

 恐らくだが、そのまま今日の授業は中止になり、早退になるだろう。



「とりあえず、行こうか。佐々木さん」

「うん」



 自然と差し出された悟の腕を、恵梨香はしばし逡巡した後握り返した。

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