第4話 僕が魔法少女に!?③
「契約といっても、君……男性ではないですか?」
「昨日僕に契約の話を持ちかけたのは、素質か何かあったんだろう!? 何でもいい!? 僕に力を!?」
昨日の約束通り、この場に来てくれた妖精。
しかし悟の要求には渋い表情で頷こうとしない。それもそのはず、妖精と契約して力を得られるのは、年頃の少女のみ。
間違っても、心身ともに男である悟との契約は不可能である。
そこで妖精は一つの可能性に思い至る。
(そもそも吾輩は何故あの少年を、魔法少女候補と勘違いした? 今見ても少年の持つ潜在魔力量は、現役の魔法少女のものと遜色がない……。前代未聞ではあるが、変則的な形になるが契約は可能ではないか?)
「――いいだろう、少年! 吾輩の――黒兎の名の元に、力を授けよう!」
瞬間、悟の体は大きな光に包まれた。それだけではなく、魔力を感知できる存在――この場においては黒兎と魔獣だけ――が驚愕する程の魔力が辺りに放出される。
「え……何この格好……」
「初の変身でこの魔力……。吾輩の目には狂いはなかったようだな……。しかしこのような形で男性との契約が適うとは……」
光が収まった後、その場にいたのは体操服姿の悟ではなく、黒色を基調としたエプロンドレスを着た少女であった。
少女は困惑した様子で、自分が着ている服やモチモチとした肌を触っている。
視界の端に映る白髪に違和感を覚える。自分の髪の色は、変哲のない黒色であったはずだと。
喉から出てきた声も、変声期途中のものではなく、鈴の転がしたような、綺麗なものに変質している。
背も頭一つ分程縮んでしまっている。
黒色のエプロンドレス姿の少女――悟は、元凶であろう黒兎に問いつめようとした。
「Gaaaaa!」
「――って、今はそれ所じゃない! 早くあの魔獣を倒さないと!」
突然の魔力持ちの出現に、魔獣は標的を恵梨香から悟へと変更した。
槍を構えた体勢で突進してくる。
「――っ! 危なっ!」
魔獣の槍による攻撃を間一髪の所で回避する。
身長が低なったくことにより、感覚そのものも変化しており、本能的に避けられないと思った。
しかし体が反射的に動き、九死に一生を得る。流石に状況を理解できぬまま――助けると誓った幼馴染を救うまで、死ぬ訳にはいかない。
そう決心を新たに固める中、悟は身体能力が劇的に上昇していることに驚く。といっても、魔獣の槍による刺突をギリギリで躱せる程度のものであるが。
「――少年! 呆けている場合じゃないぞ! 次の攻撃がくる!」
「Gaaaaa!」
「――くっ!」
技巧も何もない。ただ力に任せた乱雑な突き。けれど人外の筋力をもって振るわれる槍は、一発であっても間違いなく致命傷になるだろう。
姿が変化して身体能力が上がっているといっても、防御面の゙方は分からない。何とか避け続けているが、このままではジリ貧である。
一旦距離を取りたいと思った悟は、誰もいない方向に誘導し、接近して細くなった腕で思いっきり殴り抜いた。
見た目は完全に華奢な腕であるが、腕力に関しても向上していたのであろう。
ヌメッとした感触の後、魔獣の体が吹き飛んだ。整備された校庭の地面が抉られていく。
魔獣との距離を取れたので、思考を巡らせられる時間を確保できた。この状況を打開策を求めて、悟は変質した声の差異が気になりながらも、大声で黒兎に尋ねた。
「何か僕に使える魔法とかないの!?」
「――胸に手を集中するのだ。そうすれば、己の魔法が自然と知覚できるはずだ」
少女に変化した肉体。異常な高さを見せる身体能力。童話の主人公地味たメルヘンな格好。
それだけではなく、妖精である黒兎や魔獣から感じ取れるオーラのようなもの。
感覚的に理解できた。それが魔力だということを。
そして、その魔力という不可能を可能にする力は、悟自身にも宿っている。
以上の観点と、昨日黒兎が言っていた潜在魔力量が多いという事実。それらを考慮した時、自分は魔法少女――あるいはそれに近い存在に変身した、ということなのだろう。
黒兎に契約を悟の方から持ちかけた時点で、こうなる可能性は事前に覚悟はしていた。けれど、いざ自分の性別が反転すると、違和感が凄まじい。色々と。
そんな下らない思考を片隅でしつつ、薄い――されど僅かに触れる胸に手を当て、意識を集中させる。
深く、深く。自分の深層意識の一番底へ。
時間にして一秒にも満たない程度。
その間だけは、悟の中から魔獣や黒兎の存在が消えていた。
(――見つけた!)
そして悟は、己の魔法の名を叫ぶ。
「――『■■の■の■■・ジャバウォック』」
呪文を唱えると同時に、体からごそっと魔力が消費されて軽い目眩が襲う。それに耐えて踏ん張る悟の足元で、影が波のように脈打つ。
水底から這い上がってくる幽霊のように、『ソレ』は現れた。
『ソレ』は、何かの腕であった。
腕だと判断できたのは、先端部分に禍々しい爪を備えた、五指があったからだ。
紫色をした『ソレ』はヌメヌメとした体液が分泌しており、日光に照らされて、不気味に輝いている。
「――薙ぎ払え、ジャバウォック」
呼び出した時同様に、短い命令を『ソレ』に下す。
無造作に振るわれた紫色の腕は、体勢を立て直す途中であった魔獣の胴体の上半分を吹っ飛ばした。
魔獣が中途半端な体勢のまま、槍による防御を行おうとしたが、それは一切の意味も成さずに終わる。
再び宙を舞うことになった魔獣の体――上から半分だけだが――は、切断面から大量の血がまき散らされる。
そして脳という司令塔を失った下半身が、重力に従い倒れて込んだ。
「――はっ?」
想像以上の光景に、悟は開いた口が塞がらなかった。
もう少し抵抗らしい抵抗があるかと思っていたが、肩透かしであったようだ。
魔獣をいとも容易く始末した『ソレ』は、もう用事は済んだといった風に、悟の影に沈んでいった。
「……この惨状どうしよっか?」
「とりあえず、この場を離れることを推奨致しますな」
魔獣の脅威によって、生徒達の悲鳴に満ちていた校庭。
それが不自然な程、静けさに満ちている。
後周りからの視線が痛い。
避難指示を可能な限り出そうとした教諭。遠巻きにこの場を見ている生徒達。
そして幼馴染の理解できない者を見るような目が。
「――転移魔法! 早くこの中に飛び込むんだな!」
「――うん」
周りの空気に耐え切れなくなった悟は、黒兎が使用した転移魔法によって出現した黒い穴に飛び込む。
それはまるで、見たくない現実から目を逸らすかのような目行為であった。
「あ、行っちゃた……。お礼が言いたかったんだけど……」
衝撃のあまり言葉を失って呆然としていた恵梨香は、自分を助けてくれたエプロンドレス姿の少女と、黒色の兎の見た目をした妖精がいた場所に視線をやりながら、ポツリと呟く。
「――あれ? 有栖川君は無事かな……?」
■
「はあ……はあ……」
「少年よ、調子はどうであるかな?」
「大丈夫っていう問題じゃないと思うんだけど……! 最悪こうなる可能性を想定してたけど……!」
「まあ、言いたいことは理解できるぞ」
転移魔法で構築された『門』を潜った先で、悟と黒兎は一息ついていた。
場所は悟達が通っている中学校より、少し離れた場所の森林。他の人間の目を気にする必要がない。
悟は少女の姿のまま、地面にドサッと音を立てながら座り込む。
荒い呼吸を整えようと、深呼吸を繰り返す。
(しかし初めての変身で、Cランク程度の魔獣とはいえ、あれ程簡単に倒すとは……。これなら、吾輩の――『彼女』の悲願も叶うのも夢ではない……!)
悟がある程度落ち着くのを待ち、黒兎はある提案をした。
今後の彼の人生を左右する、大きな選択肢として。
「――吾輩と一緒に、この世界から魔法少女の存在を無くしてみないか?」
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