43 コーヒーの日

「コーヒー飲みます?」

 いつもなら隣にいるはずがいない。事後はいつまでも寝てるクチだ。それだけ疲れさせてしまってるのは俺。俺より早く目覚めたことはなかった気がする。

 ベッドの上で散々貪り尽くされてろくなピロートークもないままに意識を失うように眠りに落ちる。困らせるつもりも嫌がらせでもない。ついそうなってしまう。慈しんで幸せにしてやりたいと思う結果がこれだ。開き直るつもりはないが許してほしい。十も年の離れたやつにそこまでとも思うのだが、俺の中の俺がそうさせてるのだから使い古された言葉で言えば運命だとかそういうものなのだろう。疑う隙さえなく。

 そんな可愛くて仕方がない少々斜に構えている年下の恋人がほんの少しのぬくもりを残してベッドからいなくなっていた。

 いよいよ鬱陶しいと見限られたかと思いながら体を起こすと、左右の手に一つずつカップを持った歩が、下はきっちりジーンズを着て上はボタンを止めずに引っ掛けただけのシャツ姿でベッド横に立っていた。

「……いたのか」

「いましたよ。こんな時間にどこへ行くっていうんですか」

 午前5時。流しのタクシーは走ってるだろうか。

「で、飲みます?」

 そう言って差し出すカップはいつもの俺のものだが、もう一つは歩専用のものじゃない。

「お前、熱いの飲めるようになったのか」

 猫舌用のマグカップ。コーヒーを淹れてやる時はいつもそれだ。適温になるというカップを見かけて買ったら歩も同じものを持っていた。

「違いますよ。アイスカフェオレです」

 素っ裸の俺の前にカップを突き出す。

 なるほど。湯を沸かすことなく簡単に作ることができるな。料理ができない歩らしい。

「……どうせガキの思いつくことだとか思ってるんだろ」

「まだ何も言ってないぞ」

「いつもあんたに淹れてもらってるからたまにはと思ったんだよ」

 熱いものは上手く口にできない、辛いものはダメ、ついでに泳げないと聞けばお子様扱いされるのも仕方ない。だからといって否定してるわけじゃない。

「ありがとな。お前から貰えるものは何だって嬉しいんだよ、俺は」

 何かが欲しいわけじゃない。おこがましいかもしれないが与えたいのだ。俺の中の俺を貰ってほしいのだ。大したものじゃないがこれからの人生の中で足しにしてほしいのだ。

「口移しで飲ませてやるからベッドに上がれ」

「上がるかよ。零すのがオチだ」

 あっさり振られ、呆れ気味の歩はベッドを背に床に座ると一人カップに口をつけた。

 つい調子に乗るところ、そろそろ改めないとだな。




2023年10月のコーヒーの日に旧ツイッターにポストしたもので、樫木視点の話です。

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