39 夏の話 10

 気心が知れた同級生ってのは楽だ。少し、わかってしまった。

 とは言っても別に北見のことは今はどうこう思ってない。友達としてはやっぱり好きだけども。おそらくあの電話でなんかおかしいコイツ、と思ったのだろう。その行動力には驚くがさすが北見というか。いい奴なんだよな、ホントに。ハグは……俺が死にそうな顔でもしてたんだろうか。うさぎじゃあるまいし。

 そんなこんなで歩いていける距離にある大型スーパーでしこたま惣菜とおにぎりを買って帰った。先に買ったカップ麺もパンもストックってことでいい。

 さすがに食べ物をベッドに広げてピクニック気分、ってのはないだろうと、俺の机と同室者の机二つ使って出来合いディナーとなった。惣菜は和洋中揃っている。

 こんな風に二人して机に座ってると半年前までの気分になる。でも最後は俺はほっとしてたんだっけ。部屋替えは寂しい、でも四六時中拗らせた想いを押し殺さなくていいんだ、と。ある意味俺は男運が悪いのか。

「このエビチリうま。北見もほら」

 俺の机にあったエビチリのパックを手渡す。

「サンキュ。から揚げ……ってそっちにもあったのか」

 場所のトレードとばかりに北見はから揚げのパックを手に取ったが俺の机を見て手を離した。

「から揚げたくさん食いたいじゃん。2パックかごに入れたのよ」

「俺は魚の方が好きだな」

「あらそう。俺はおこちゃまらしいからな」

 から揚げの話をしたらまたそう言いそうだ。や、もうすることもないか。

「鶏肉の定番と言えなくもないし、俺の小学校のリクエスト給食はいつも一位だったぞ」

「はいはい、俺は子供だよ」

 小学生と一緒にすな。

「それはそうと、去年は家に帰ってたろ。今年はやめたのか」

 北見は五個目のおにぎりに手を伸ばした。部活男子だけあってか食いっぷりはいい。米好きだしな。惣菜もほぼ空いて、残るはポテサラとから揚げが少々。

「まあ勉強しないといけないとは俺も思っててさ。ここなら静かだし」

 嘘塗れだ。一度は帰ったくせに。

「確かに長期休暇中は静かな環境になるな。同室の奴が帰省すればなおさら」

 まだひとっつもやってないけどな。

「北見、わざわざ来てくれてありがとな」

 ディナーももう終わりだ。そしてデザートを買ってなかったなと気付き。今度こそアイスの自販機行くか。

「お前だって、もし俺が落ち込んでたら同じことしただろ?」

「でも別に俺落ち込んでなんかないのよ?」

 格好をつけるわけじゃないが、北見のフィールドと俺のフィールドの重なるところで何かがあったわけじゃない。何かがあったんだろう、と思ってくれるのは嬉しいが話せるかどうかは別の話だ。コメントしようのない話をしても困らせるだけだ。一緒に飯を食ってくれるだけでありがたい。

「そうか。迷惑だったか?」

「まさか。お前が迷惑なんて一度も思ったことないよ、俺」

 楽しいとか嬉しいとか、そんな中にぽつんと切ない気持ちもあったが、それはもう空へ消えていった。

「なあ、お前は? もしかして何かあった?」

 少しだけ思ったことを訊いてみた。ハグなんてこれまでしたこともないことまでやって。

「いや、何もない。お前が気になったから来ただけだ」

「そか。まあつまんねえ嘘ついたしな」

 結局、電話を切られたのはここに来るためだったのか、用事のついでに寄ったのか。その辺何も言わないんだよな。

「話さなくていいとは言ったが、お前無理してないか?」

「無理なんかしてねえよ? そもそも何を無理し」

 急に誰かが廊下を全力で走っているような音がしたと思ったら、この部屋のドアが勢いよく開いた。

 ……いや、ノックぐらいしろよ。

 振り返れば肩から小振りのスポーツバッグを提げてぜいぜいと荒い息で立っていたのは樫木。

「あゅ……多田」

「なんですか?」

 なんでここにいんだよ、宿直室は一階だし、宿直だとしても担任だとしても通常教員が生徒の部屋までくることはない。禁止されてるのかは知らないが、寮母さんしか見たことないような。

「うす」

 北見が冷めた目で樫木を見ている。岸さんにといい、結構強気なんだよな北見って。でも優等生的な北見が樫木に睨まれることはないだろうから別に敵対するようなことはないはずなのにな。前は樫木に頼れなんて言ってたのに。

 でもここに樫木が来たことで北見も思うところがあるかもしれない。訊かれた時ははぐらかさずにちゃんと答えよう。もう終わってんだけどって。

 で、その格好。スーツにスポーツバッグ。仕事帰り、か?

「いや、北見、お前た」

「晩飯がないんで二人で買いに行って食べてました。終わったら部屋に戻りますよ、規則違反するつもりはないです」

 遮るように北見はドア口で立ち尽くす樫木をじっと見て言った。樫木は何を言おうとしてたんだ。

「お、おう……」

「多田、俺は部屋に戻る」

「あ、うん、サンキュな」

 食い散らかした惣菜のパックやおにぎりの包みを全部スーパーのビニール袋に入れて北見はゴミ一つ残さずに部屋を出て行った。


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