27 ゴールデンウィーク 2 (終)

 腕を引かれてベッドの縁に二人して座って。

 樫木は俺の両腕に手をかけて顔を近付けてきた。だから少し顔を上げて。

 そう言えば、これまでちゃんとキスをしてないと気付いた。

「ぅん……っ」

 樫木のキスはやっぱり甘やかというよりは嵐のようで。時間も気持ちも余裕があるはずの今ですら。唾液ひとつ落ちることも許さないとばかりに全部掬い取るとでもいうような、そのうち食われてしまうのではないかというような。

 嫌だとかそういうことではない。俺は逃げないからもっとゆっくり味わってくれて構わないのにと思うのだ。

 まあ、この間俺が眠りこけてしまったし。樫木を気持ち良くしてやれなかったのは全面的に俺が悪い。だから今日は樫木が思うままにと思う。とことん付き合おうと。

 嵐だとかゆっくりとかがっつかれるのは好きじゃないとか言いつつも樫木は上手くて、その嵐も求められていることの証として嬉しく思わないこともない。置いてけぼりだとも思わない。

 樫木の舌が俺のそれを執拗に嬲り、ついていくどころか翻弄されっぱなしで。強姦めいたこの間もこんな感じだった。あの時は俺がパニックになってもっと酷く感じただけで、あれは樫木のデフォルトなのかもしれない。抱かれる方も大変だな、こりゃ。樫木の流れに任せればいいのだろう。考え方によっちゃ楽なのかもしれない。まあいいや、樫木が気持ちいいのなら。執拗な攻めも、続けば麻痺してくるのか陶酔に変わる。自分を侵されることが快感になって……ってやばいな、樫木のセックスに嵌っていってる気がする。俺の自由なんてないけどそれほどに求めてくれるのならいいのかと。

「んっ……ぁあっ」

 シャツをたくし上げられて乳首を噛むように舐められ、その反対を指の腹で捏ねられ。身体を走る快感に座っていられない。腰が立たなくなってきて樫木に縋りたくて仕方がない。

「無理……」

 手を伸ばして樫木のシャツの袖を掴み、背中からベッドに倒れる。当然中断するしかない(乳首ちぎれるかもだし!)樫木に見下ろされ。

「まだ頑張れるか?」

 硬くなってる俺の竿のことだろう。腰が軽く浮く程度にはどうにかしたいが限界ではない気がする。

「……大丈夫。せん……樫木、さんの好きにすればいい」

「珍しく可愛いことを言うな。もう少しお前の身体、味わわせてくれ」

 樫木は俺の髪を撫でて小さなキスを落とすと己のシャツを脱ぐ。床に下ろしたままの足をベッドに上げられシャツを脱がされ、ジーンズも下着ごと抜かれ素っ裸になった俺はまさに俎上のなんとかだ。

「……ぅん……っ……っ……んん……っ……」

 肌を滑る樫木の指がやっぱり大人の男のものだなと嵐の中で翻弄されながらも思う。大きくてごつごつしていて。石井さんや岸さん、北見とは違う。迷いなく弄(まさぐ)って確実に俺が声を漏らす場所を探し出す。

 なんにも考えなくていい、のかどうかはわからないがそんな気分になる。樫木に全部預けて与えられて。セックスに意味を持たせることもなく、夢うつつで樫木の前に横たわって気持ちが良いとだけ感じて。

 生温いローションを尻の穴に塗り付けられ樫木の指が入ってくる。すぐに二本飲み込んで俺も大概淫乱なのかもしれない。

「……あぁっ」

 一瞬にして脳天まで快感が走り。

「ここか」 

 樫木の指が一点を撫でる。

「ま……っ……あ、ああ……っ……は……ぁっ……ん……」

 指がシーツを上滑りして浅く掻く。

「あああ……ぅんん……ふ……ぅん……ぁああっ」

 じっとしてられないほどに気持ち良くて。

「お前の素直に感じてる顔はほんとエロいな」

 視点が定まらなくてニヤついてるだろう樫木の顔がはっきり見えない。声が抑えられなくて。もう手を噛まないと、堪えないと決めたから。だから。

「あぁ……ん……ぅ……んんっ……!」

 前立腺への刺激は初めてではない。なのに今までとは違って。これ……。

「は……ぅん……んぅん……あぁ……」

 勝手に視界が滲む。理由のつけられない雫が目の端に溜まって。

「や……っあ……ぁん……ん……ああっ」

 も……、う。

「く……るっ……」

 全身が震えるほどの快楽を一人じゃ耐えられなくて、思いっきり樫木の腕に爪を立てるように縋る。

「かし、き、さ……あああああ!」

 突き抜けた感覚に一瞬身体が硬直して意識が白くなって何もわからなくなった。

「あ……ぁ……」

 すぐさまどこかから落ちていくように脱力する。身体がひくひくと小さく痙攣して。

 でも。

「ゆび、抜い、て……また……来る……いやだ……」

 わかる。このままだとまた大波に飲まれる。もう嫌だ。きっと頭がおかしくなる。きっと言葉を知らない獣みたいになって快楽に溺れてしまう。

「おねが、い……」

 上手く伸ばせない手を、樫木は握ってくれた。

「わかった」

 ずるりと抜けた感覚にもぴくんと身体が反応して。

「ぅ……ん……」

 まだ後を引いている、多分。余韻が引かない。

 樫木は添い寝をするように隣に横になると頭を撫でた。

「初めてドライで達けたのか」

 頬に瞼に唇に、顔中にキスが落ちてくる。優しい小さなキスが。こんなキスもできるのかとぼんやりした中で思う。

 ドライ、多分そういうことなのだろう。射精のない、女の子と同じオーガズム。驚くとかそんなのは越えていて、突き破るように新しい世界を知ってしまった。気持ち良いなんてものじゃない。破壊的だ。

「……」

 撫でられたのもあってか呼吸が落ち着いてくると波が引くように意識がクリアになって、急に恥ずかしくなって。訳が分からなくなった痴態を樫木にガン見されて。

「どうした? 気持ち良かったんだろう?」

 今更両腕で顔を隠しても仕方ないのだが。

「……まあ」

 まだ惚けただらしない顔をしてるような気がするし。

「俺もお前の中で気持ち良くなりたいんだが」

 ……そうだ。今日はそれがメインだ。ここでのびてる場合じゃない。樫木を気持ち良くしてやらないと俺がここに来た意味がない。

「どうぞ。大丈夫、寝たりしないから」

 樫木の手のひらに口付けた。

「多田、後ろから挿れていいか?」

 ゆっくりと身体をひっくり返されて腰を持ち上げられる。

 その流れで四つん這いになって。くたくたになった人形のようではやりにくいだろうからなけなしの腕の力で身体を支えて。

 ぐずぐずと緩くなったままの身体は樫木を難なく受け入れ、深く呑み込む。

「あ………ぅん」

 あれだけ感じ切ったのにまだ引きずって貪欲に快感を貪ろうとする。色情狂じゃないなんて前に言ったがあながちそうでもないのか。やばいだろ、俺。

「ふ……ぅん、んん……っ……あ……ぁ……ぁあっ……」

 樫木の熱棒が奥を突くと背中が反って、己のペニスも硬さを増していった。どこまでいきたがっているのか勝手に樫木の抽挿に合わせて腰が揺れる。そのたびに重くどろどろとした快感が湧き、身体へと広がっていく。最初の強姦紛いに抱かれた時とは違う。ちゃんと樫木を感じて、樫木に貫かれていることに恍惚感すら覚えて。

「んぅ……は……ぅん……んん……あぁ……」

 気持ち良い。それだけが俺の中を満たして。もっと欲しくて。言葉のない、感覚だけが存在するところへ落ちていく。息をするよりも口の端から落ちようとする唾液をすするよりも快楽を求めて意識が彷徨う。

「……いい……も、……っと……ほ……し……」

 樫木の速度が上がり、肌が当たると音を立てた。

「ぁ……ああ……っ……」

 自分の竿を扱くと先走りでぬるぬると滑りさらに快感が湧く。

「いい……っ……き、もち……い、い……」

 どこがじゃなくて全部がもう気持ち良くて。触れてもない乳首も硬くなっていてどこかに擦りつけたくて。もう一人樫木がいたらいいのに。弄ってもらって俺は樫木のを咥えるのに。

「多田、達きそうだ……」

 熱を持った荒い呼吸で樫木が呻く。

 俺もまた限界で、駆け上がるだけ駆け上がった快楽の頂を迎えた。


「どうした? 寝たか?」

 ベッドにうつ伏せになったままの俺に、縁に座った樫木が頭を撫でる。コトが済んで世話を焼いてもらって。俺はそのままだったけど樫木はシャワーを浴びて着替えたんだろうと思う。

「いえ……いろいろ思うところがあって」

 シーツ越しの声は聞きづらいだろう。でもそれはどうでもいいことで。

 俺は本当に淫乱だ。おかしい。恥ずかしい。樫木の前であんな。顔が上げられない。どんな顔をすりゃいいんだ。

「寝ないにしても何か着ろ、風邪を引く」

 背中にシャツのようなものがかけられた。

 いっそ何も覚えていなければよかったのに。事後で身体が重いというのもある。シャワーも浴びたいが身動きできない。

「先生……」

「ん?」

「今日はなかったことに」

「ん?」

「今日は先生の妄想ってことで」

「……お前何言ってるんだ?」

 まあ、真っ当な反応だよな。通用しないよな。訝しい顔をしてるのが容易に想像できる。

「すまん、嫌だったか?」

 そうじゃなくて。

「……恥ずかしくて」

「何がだ」

「……喘ぎすぎだとか、変なことを口走ったとか……」

 結局言うしかなく。いつまでもこの格好ではいられないし、誤解はされたくないから。

「俺は嬉しかったが、それじゃ駄目か?」

「生意気な口をきいてこれじゃカッコ悪いだろ……」

 セックスはクールでいたいとかそんなことは思わないが、おかしくなりすぎだ。岡本さんみたいに可愛くないし、人様から愛されるようなキャラクターじゃない。

「ここにいる今は立場も歳も関係ないだろ。好きに振る舞えばいい」

 やっぱり樫木は大人の男で、俺はガキで。何にしたってそこは無意識に意識してしまう。

 その意識をもって寄りかかろうとは思ってる。俺が不利なのはどうやってもひっくり返らないから。

「多田」

 再び頭を撫でられて。

「俺は誰も知らないお前の姿をたくさん見たいんだよ。俺だってお前にがっついてみっともないとこ見せただろ。でも俺は気にしない。お前にだけだからだ。もちろん同じように思えとは言わない。俺はそうやって恥ずかしがるお前もまた嬉しいしな」

 穏やかな声が降ってきた。

 なんだよそれ、無限ループかよ。俺が何したって、どんな俺だっていいと言ってないか……?

 慣れてない、慣れないのだ。そういう状況にあることに。人からそういう感情を向けられることに。だから、どう捌けばいいのかわからない。飲み込めない。頭ではこうあるべきなのだろうと思っても、頭以外がうまく動かない。

「むずかる子には寝かしつけが一番だ、寝るぞ」

 は?

 そう言うと樫木はうつ伏せの俺の隣に寝転がって、俺の腰に手を回して半分身を起こすと背中から抱えた。

「ちょ」

「目が覚めて腹が減ってたら飯食おう。そうじゃなかったら二回戦な」

 後ろから囁かれて。

 恥ずかしくて顔を見られたくないと思う俺を慮ったのだろう樫木は俺の顔を見ることなく寝息を立てた。

 まあ、いいか。

 いいんだろうな。

 背中のぬくもりに俺もまた瞼を閉じた。


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