13

 昨晩は課題などやる気も起きなくて、結局朝飯ギリギリまで寝ていて、食いっぱぐれるぞと相部屋の奴に起こされた。あまり寝た気がしないものの、起きないわけにもいかず。

 課題をやっていかなかったのはさすがにやばい。初めてのことだ。俺の態度が悪く見えたのか何か不満があるのかと数学の先生に問い質されて。別にそんなことはないから、そんなことないと答えて。その返しが、悩みがあるなら担任でも保健室でも行け、だった。いや、そんな課題一つ出さなかっただけで……。

 金曜日、最後の荷物運びだ。

 ようやく罰が終わる。約束の一週間(正味四日だったが)が終わる。大した仕事ではなかったものの、時間は確実に取られるし、その後がいろいろありすぎた。

 昨日と同じ轍を踏むものかと、ちゃんと樫木に社会科準備室の鍵を借りて、SHR終了後にまたクラスの奴に捕まってる樫木を置いて先に教室を出た。

「多田君」

 社会科準備室に入って樫木の荷物を机の上に置いて。十秒待って部屋を出た。一応樫木が来るのを待ったからな、時間はどれだけであっても。

 そしたら。

 岡本さんが立っていた。なんてこった。

「こんにちは」

「多田君の姿が見えたからさ、ちょっと話ししたいなと思って」

 この人は基本樫木の仲間だからそんなに仲良くしたいとは思ってないんだけど。

「あ、俺これから」

「荷物小僧、ご苦労さん。面談するぞ」

 小走りで近寄ってきたのは樫木。くそ、逃げられなかった……岡本さんのせいで。で、面談? しただろ、もう。

「じゃあ、僕はこれで。多田君、またね。先生さよなら」

「おう、お疲れ」

 樫木に譲ったのか岡本さんはあっさりと引いてこの場を離れた。

「先生、面談なら昨日」

「今日は生活指導だ」

 言葉尻を食われ。

 生活指導?

 入れというのでまた入るしかなく。とにかく早く終わらせたいので自分でパイプ椅子を取ってきて勝手に座った。

 コーヒーを淹れてくれるのかと思ったらそれはなくて。昨日はあったのに……まあいいかどうせ。

「お前、昨日あれからどこへ行ってたんだ」

 ……。

 いきなり切り出して。樫木は椅子に座りもしない。必然的に俺は見下ろされている。

「どこにも行ってませんよ」

 その、勝手に確定して喋られるのが癇に障る。

「数学の山内先生から連絡が来たぞ。めちゃくちゃ眠そうで、その上課題もしてこなかったって」

 生活指導ってこれか。山内もなんでチクるんだよ。初犯だろ。

「ずっと寮にいましたよ」

 あの時間から外に出れるか。

「……寮のどこだ」

 は? そこまで担任に答える義務あるか?

「誰の部屋で一晩明かしたんだ」

「明かしてなんかいませんよ」

「じゃあ誰と夜遅くまでコトに及んでたんだ」

「……答えなきゃいけないことですかね?」

 俺から喋るならともかく、担任がプライベートなことを強制的に聞き出す権利はない。

「じゃあ、自分の部屋にいたんだな?」

「はい」

 ……売り言葉に買い言葉、ではないな。単に俺が言いたくなかっただけだ。言う必要ない。

「お前は平気で嘘を吐くんだな。岸は何のカテゴリなんだ?」

 ……は。

 なんだ、もう耳に入ってるのか。岡本さん仕事早いな。

「おっさんじゃないし、なんでしょうねえ」

 知ってたんなら試すようなこと言うなよ。

 俺は一気に白けてしまった。

「お前、舐めてんのか?」

 樫木は酷く機嫌が悪いみたいだが。

「は。舐めてる? 俺の身体舐め回してんのは自分だろ。先生体張りすぎ。迷惑かけないって言ったじゃん。守ってるでしょ、俺。学校内で済ませて」

 あんたより俺の方が気分悪いよ。

「もう懲りたんじゃなかったのか」

「まあそうですけど、岸さんは石井さんと違ってドライですよ。手慣れてましたし」

 俺が懲りようが懲りなかろうが樫木には関係ない。勝手におっさん枠に立候補したのはそっちだろ。

「……そうか。ならおっさん枠は消滅だな。お前が外に出ていかないのなら俺は必要ない。だが、授業はちゃんと受けろ。学生の本分は学業だ」

 急に教師風吹かせて。

「……気をつけます」

「話は終わりだ。引き止めて悪かったな、帰っていいぞ。一週間ありがとな」

 その時の樫木の顔が。

 急に背を向けたためにわからなかった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る