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 朝の五時過ぎ、なんて時間なんだと思いながらも寮の門へ歩いていくと、そこにはジーンズにパーカー姿の岡本さんが立っていた。

 ……申し訳ない。三年生なのに。受験生なのに。本当にごめんなさい。

 それに何よりも岡本さんは俺と樫木が寝たことを多分知ってる。一晩樫木の家にいたってことはそうなんだろうと簡単に想像もつくことだし、樫木は隠さず話しただろう。

 樫木は約束通り車で送ってくれたのだが、さすがに門の前までというわけにはいかず少し離れたところで降ろしてくれた。

 俺は上着と鞄を手に持ってネクタイをせずに、なんだか呑んだくれた朝帰りのサラリーマンのような格好で門をこっそり開けてくれた岡本さんの前に立った。

「おはよう、多田君」

「すみません、こんな朝早くに」

 結局、樫木が岡本さんに連絡を取ってくれて迎えに来てくれるよう話をしてくれた。俺は相部屋の奴に頼むと言ったのだが、どうやら昨日の時点で俺は岡本さんの部屋で一夜を過ごしたことになってるらしくて直々に岡本さんが話をしてくれたらしい。びっくりしたかもな。三年生がいきなり部屋に来れば。俺はあいつがカラオケで午前様するのをフォローしてるから俺の寮内朝帰りを知ったとしても(石井さんと毎週のようにしてることではあるがそこは気付いてない、多分)何とも思わなかったはずではあるが。

「樫木さん絡みは慣れてるよ。急な手伝いもね。まあ寮の門を開けたことはなかったけど。そもそも樫木さんがやらかしたんじゃないの?」

 まあそれだけとは言い難い、か。さっさと寮に帰らなかった俺も悪くないとは言い切れない。でも。岡本さんに監視されてるから始まったことで。ひいてはやっぱり樫木が悪いのか。岡本さんが悪いわけじゃない。

「まあいろいろ複合的な理由で……」

「うんまあ、恙無く誤魔化せそうだしね。そこは多田君が良ければ僕はそれでいい」

「本当にすみませんでした」

 良いも悪いもないというか。

 岡本さんには多大な迷惑をかけている。樫木がちゃんとお礼するのだろうけど(大人なのだから)、俺も何かしないといけないだろう。

「ま、とりあえず解散しよう。多田君はもう少し休んだ方がいいよ。樫木さんに美味しいもの食べさせてもらった?」

 岡本さんが踵を返して歩き出したので後をついていく。それぞれの棟の玄関に着くまで。

「いえ……」

「え? ご飯なし?」

「さっきコンビニでサンドイッチを買ってくれて車の中で食べました」

「はあ? なにそれ」

 そして岡本さんは足を止めた。

「あの人馬鹿だな……ホンモノの馬鹿だ。どうしようもない馬鹿だ」

 そう言って深いため息をつくけど、そこまで馬鹿を連呼しなくても。

「もう僕は手を貸すのやめようかな。樫木さんは何考えてるんだろうね?」

「はあ……」

 樫木が岡本さんに見捨てられそうになっている。それでいいのかどうかも俺にはわからないが。

「じゃあね、多田君。おやすみ」

 早朝とは思えないほど軽快な足取りで岡本さんは二番館の玄関へ入っていった。

 起こさないよう静かに部屋に戻ってもう少し寝よう。朝飯なくてもいいし。


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