8

 目が覚めたってことは、寝てたってことだ。

 煌々と部屋の明かりがついた中、布団の上で。多分ベッドの上で。目の前の壁の色が、寮の色と違う……気が。いや、被ってる布団も違う。

 ふと下がすーすーして。

 恐る恐る布団の中を覗くと下半身がすっぽんぽんだった。上は前が開いたワイシャツとインナー。そうだ、俺。

 そこへ背中にかさりと小さな衣擦れの音を聞いた気がしてゆっくりと体ごと振り返ったら。

 男の後頭部と背中と手に持ったグラス(中に透明度の高い茶色の液体が少々)とその向こうに無音のテレビがあって多分テレビショッピングが映っていた。

 今何時だろう。俺いつ寝たんだ。カッコ悪。何回挿れられた……? この身体の重さは一回じゃないし、まだだとか言われたのは覚えてる。

「腹減ったろ。カップラーメンならあるぞ」

 背中越しに樫木が言う。樫木もまた、掛け布団の動く音で起きたと気付いたのだろう。

 ……他に言うことないのか。ふつふつと怒りのようなものがわいてきて。

「帰る」

 そのまま声に乗った気がする。タメ口とかそうじゃないとか気遣う気にもなれなかった。コトは済んだ。ここにいる理由はない。

「悪いが酒飲んでるから無理だ」

 ……だろうな。少しも酔ってるようには感じないが。まあそういう問題でもないな。

「タクシー呼んで帰る」

「ここには付けられないぞ。学校所有の教職員住宅だからな。何事かと思われる」

 教職員住宅!? こいつ馬鹿なのか。なんでこんなところに連れ込むんだ。バレたらクビだろ。

「じゃあ歩いて帰る」

 それなら文句ないだろ。

 ベッドから降りて立ち上がる、が、やはり体が重くてよろけて。ちょうど樫木が振り返るのと同時で前のめりになった俺は慌てて立ち上がった樫木に抱きとめられた。情けない。

「何時だと思ってる、そんなことさせられるか」

 時間なんか知るか。その前に少しは気遣えよ。

「関係ないだろ、帰る」

 のろのろ歩いて何時間かかろうがいつか帰り着くだろう。

「駄目だ。その……無茶をして悪かった」

 語尾が落ちて、ぎゅっと頭ごと樫木の胸に抱き込まれる。抵抗するほど体力が回復してなくて、されるがままになってしまって。

「いつもそんなセックスしてたんじゃみんな逃げんの当たり前だろ……」

 そう言うのが精一杯。でも岡本さんだってそうだったのだろう。

「お前もか?」

 俺?

「俺は別にセフレのおっさん枠だし、やるだけだから、別に」

 おい、何言ってんだ。謝られて絆されたのかよ。あんなセックス、毎回やられたら身体がもたないだろ。

 でもそこが改善されるなら……やっぱり楽なのかもしれない、し……。こいつはおっさんというか大人なんだなと漠然と思って。

「なら帰るな。ちゃんと送り届けてやるからもう少し寝ろ。俺も眠い」

 しまりのない格好のままベッドに戻って。

 少し大きめのベッドだったのか(寮のベッドより広い感じはしていたが)テレビと部屋の明かりを消した樫木が入ってきても割と余裕があって。壁を向いていたらにょきりと腰に樫木の片腕が回りゆるくホールドされてしまった。

 もう一戦始まるのかと少し身構えたが、すぐに寝息が耳元をくすぐった。

 ……樫木も疲れているのだろう。仕事の後に、当たりを付けながら俺を探し回り(探してくれなくてもよかったのだが)、一芝居打って俺を連れて帰り、セックスをして。俺が寝ている間に飯は食ったのだろうか。テーブルには瓶二本しかなかったが。教師も大変だ。時間外労働が過ぎる。

 俺も体力が戻ったわけじゃない。体も重いし。まだ眠ろうと思えば眠れる。樫木にホールドされたまま、まぶたが重くなってきた。人の体温は心地良い。石井さんとこうやって眠ることはなかったから新しい発見だ。

 意識がフェードアウトしていく中で、もう一つ気付いたことがあった。

 酒を飲んでいたと樫木は言ったが、今至近距離にいるのにほんの少しも酒の匂いがしない。グラスに入っていた液体は酒じゃなかったのか。二本あった瓶の一つは確かに見たことのある酒のラベルが貼ってあった。もう一つは、似たような琥珀色ではあったがラベルがなかったかもしれない。ジュースかお茶の類か。

 俺が勝手に帰らないよう起きていたのだろう。樫木の目の届かないところで何かあっても、他の職員に俺が見られてもマズいだろうから。そうなれば酒は飲まないだろうな。


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