【短編】怪奇調査専門家:環・レクイエムと謎の足跡
水定ゆう
第1話
都内某所。住宅街から少し離れた場所。
そこには今年建てられたばかりの一軒家が聳え立っていた。
敷金・礼金を含め、四千万円と言う価格で売られており、現在は買い手を募集中。
そのためのPRも兼ねて、内見も随時募集中だった。
「うわぁ、良い家だな」
そんな中、内見希望者が少しずつ集まって来ていた。
それもそのはずこの一軒家はかなり立地の良い場所に建てられている。
そのおかげか、買い手は少なからず見つかるだろう。
不動産会社も特に気負うことなく、安からな態度を取っていた。
「はい。こちらの一軒家は今年建てられたばかりの新築でして、大変良い材質の物を使っています。また設計も我が社の有名一級建築士の案も含まれているため、他の物件に比べてオリジナリティに加え、住まわれた方々にリラックス効果を与えるなど、生活を保障できる部分もかなり多い造りになっております」
期待値も高いおかげか、内見を担当する不動産会社のサラリーマンにも力が入る。
普段以上の熱が加わり、舌も饒舌に回る。
そのおかげか、変に視線が鋭くなり、いつ買ってくれるのかと必死な様相が強まる。
「うーん、他の部屋も見ていいかな?」
「はい。是非ごゆっくりご検討ください」
今日内見に来ていたのは、若い男性。
しかしながら腕に付けた時計はかなり高価な代物で、うん千万もくだらない。
この人なら買ってくれるはず。もしも買ってくれたら、社内での評価も鰻上り。
一世一代のチャンスを目の前にし、冷静では当然いられなかった。
「ふぅ、落ち着くんです。きっと買われるはず。そう思うことで、ふぅはぁふぅはぁ」
頭の中に血流が激しく回る。
脳の思考を奪い取ろうとすると、呼吸を丁寧に整えた。
このままただ黙って待っているなんて真似、仲介人にはできるはずもなく、静かに気配を殺すと、若い男性の影を追った。
「今はどちらのお部屋を……」
一番の目玉であるリビングを後にし廊下に出た。
すると何処からともなく声が反響し、若い男性が悲鳴を上げた。
「うがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」
仲介人は目を見開く。あまりの悲鳴に肺が口から吐き出そうになる。
けれどそれも一瞬の気の緩みですぐに冷静になった。
キョロキョロと視線を配ると、仲介人は悲鳴を上げた若い男性を探す。
「ど、どうなされましたか!?」
仲介人は足早になり一軒家の中を歩き回る。
若い男性の悲鳴が上がったのは反対側、多分浴室の方だ。
廊下を九十度に曲がると、仲介人は悲鳴を上げて腰を抜かしてしまった若い男性を見つける。
「ど、どうなさいましたか、お客様?」
「き、君! これはなにかの冗談か!」
「は、はい? 冗談と言われましても……」
全く以って身に覚えがない。むしろ何の話か分からない。
仲介人は首を捻って疑問を呈すると、若い男性の指先を追う。
人差し指が頼りなく震えると、如何やら廊下を指さしていた。
「あ、あれだよあれ! 分からないのか!?」
「分からないとおっしゃられても……一体なにが……はっ!」
仲介人も目を見開いて小さく悲鳴を上げた。
視線の先の廊下、そこに赤茶けた手形足形が幾つも並んでいる。
気持ちが悪い。一体これは何なのか。今までに身に覚えのない出来事に、仲介人もてんやわんやになる。
「これは一体……」
「これは一体? もしかして君も知らなかったのか!?」
「は、はい。すみません、失礼致しました」
何故謝っているのかすら分からない。
若い男性は腰を抜かしてしまい、ただ仲介人を叱りつける。
けれど仲介人は叱られる最中、この手形と足形は何なのか。一体いつ、何処から付いたのか、全く分からず困惑してしまう。
「全く。悪戯かなにかか?」
「いえ、そんなつもりは全くございません。実は私達も把握していなかった模様で……」
「把握していなかっただって! そんな家を売ろうとしていたのか。帰らせてもらうぞ」
「ええっ!?」
マズい。このままだとマズい。ここで有力な買い手に逃げられると、一世一代のチャンスを逃す羽目になる。
ましてやこの責任は重い。我が社全体に響き渡ると、相当なイメージダウンになり兼ねない。
売れない家をいつまでも抱えるなんてできる訳がない。この責任の逃げ道は一体何処にあるのか。仲介人は必至に考えた。
「お、お待ちください。本日はこのような失態を晒してしまいましたが、この一軒家はとても良いものです。間違いはございません」
「ではなにか? 怪しい手形や足形が付いた家を知らずに売りに出そうとしていたのか?」
「滅相もございません。その……調査致します」
「調査? 幽霊調査か」
若い男性は眉根を寄せ、瞼の上をピクリとさせる。
幽霊調査。確かにこの世の中では不思議なことは多々ある。
幽霊や妖怪に寄る霊障も少なくは無く、気にされるのも仕方がない。
「ふん、調査をするならちゃんと専門家に頼むんだな。私はもう買わないが、他の買い手が見つからなくなるぞ」
「お、お客様ご検討は?」
「するわけがない。私はもう帰らせて貰う」
「しょ、承知致しました」
非常にマズいことになってしまった。このままでは大きな損害が出る。
早急になんとかしなければと、仲介人は非常に焦る。
今まで経験したことがない事態に遭遇し、周りを見ることすら疎かにすると、至急会社に戻ることになった。
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