宦官・王振、かく語りき

セオリンゴ

第1話 科挙に落ちた十七歳

 私、王振おうしんは北京の西160㎞ほどの蔚州うっしゅうに生まれた。

 田舎の城市と北京の間には太行山脈がうねうねと連なり、遥か漠北モンゴルと北京を結ぶ道筋にある。夏は暑く、冬は凍てつく。肌が乾いて埃臭い。


 私はここを出たかった。


 実家は四合院おやしきを構えるくらいには金があった。細々だが、地元の下級官吏の家柄だ。

 私はここで終わるつもりはない。北京に行く。科挙かきょで上位成績を取り、都の官吏になる。皇帝の重臣となり、この田舎に錦を飾ってやろう。賑々しい行列と煌びやかな宝物を満載した車を以て、王振の名を轟かせるのだ。


 官吏登用試験といえば科挙だ。一族の男子でこれに挑戦しない者はなかった。よほどのボンクラ以外は。


 科挙は段階がある。明の建国者たる洪武帝こうぶていは新たなルールを置いた。科挙を受けるには、まず国立学校を受験し、そこに席を置けと。国立学校の受験生は何歳だろうと童生どうせいと呼ばれる。


 試験会場の官庁に行くと、髭だらけの先達でいっぱいだ。


 まず県試を受ける。俺は一発合格だ。次の年、府試を受ける。これも一発合格だ。さらに三年に一度の院試を受ける。院試ともなれば、北京から学政しけんかんが派遣される。合格者は晴れて秀才しゅうさいと呼ばれる本試験受験資格保持者にして国立学校在籍者、すなわち天下のエリートというお墨付きが与えられる。


 永楽二十二年(1424年)、十七歳の私は院試に落ちた……あと三年待たねばならない。


 さらに科挙は続く。秀才になっても本試験の郷試と会試に合格し、最後は皇帝陛下が試験官を務める殿試で進士のランクを取らねば要職の道は険しい。その時、私は何歳になっている?


 時間の無駄だ。これは時間の無駄使いだ。


 科挙という正攻法で人生が狂った男をたくさん見た。髭まみれの童生はイヤだ。白髪の秀才なんぞ死んでもなるものか。


 天下を見ろ。皇帝は六十歳を過ぎて自らモンゴルを討ちに行った。北の蛮族が再びここに来てもおかしくないからだ。一方で都は江南から大運河が通じ、富を蓄えている。その旨味を知らずに死んでは、我が身が哀れだ。


 私の決心は早かった。院試不合格とはいえ俺の頭は回転が速い。何が効率よくて、何が強みで、何が武器か、明瞭に分かる頭だ。権力の流れをみて、どう動くべきか、分かる頭だ。


 王一族のボンクラ烙印を押される前に、私は決めた。近道ショートカットの何が悪い。男の陽物を切るだけで路はひらく。

 もちろん大事なモノだから、切られたモノは防腐処理して持っている。せめてもの供養だ。

 この決心を止めるべき父は他界していたし、母は弟を溺愛していた。一族を束ねる大叔父は私に資金を渡した。まるで怪物を見るような目で。


 さらば、男の王振。だが、私という人間は私のままだ。造作もない。

 王振という名の宦官かんがんが誕生するだけだ。

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