私の前に降りてきたピカソは青臭い

悪本不真面目(アクモトフマジメ)

第1話

「はい、今配った図形が書かれた紙に何か書き加えて作品にしてください。」

一時期だけ、小学一年生の頃、一時間目が始まる前にやっていた。お題が『〇』なら上に棒を付けてリンゴにするというように、生徒一人一人の発想力を鍛えるユニークな授業だった。雑な人もいればやたらと描き加えてお題がなんの形かも分からなくなる人もいる。そして、今回誰が一番良かったかをみんなで最後決める。私は、一番になりたかった。しかし、一度も話題に上がらずその他大勢のモブな作品ばかりを生み出していた。才能がないと言えばそうだが、まだ小学一年生でそう簡単に諦められない。私にだって才能はある。そう信じ続け、ある時だ。


紙に描かれた形は『逆三角形』で、三角形でも直角二等辺三角形でもなく『逆三角形』だ。この形を見た時私に降りてきたのだ。そう才能の塊『ピカソ』だ。小学一年生の私は、自分にピカソが降りてきたと実感したのだ。今になって思うが小学一年でも知っているピカソって凄いと改めて思う。そんなピカソが私に間違いなく降りてきた。あれから二十年以上経った今でも、あれを超えるほど自分が才能を開花させ輝かせた日はないだろう。言い換えると私の人生のピークだったかもしれない。鉛筆が走る走る。誰も止められない。あっという間だった。後に読む島本和彦先生作の逆境ナインを読み終わるスピードぐらいあっという間だった。あれは読んでたというよりは読まされていたに近い。終わり方は今まで読んだ漫画の中では上位に入るくらい好きだ。とはいえ、この時の自分には逆境などない。完璧だ。完璧に描いたのだ。力作。描いたらタイトルを空いたスペースに書くのだ。いつもより大きな字で『にんげん』と書いた。


辺りを見回すと、のろのろと凡人共がまだ描いていた。確実に自分が一番に速く描き終わっている。余裕だ。今でも信じられないが、間違いなく記憶では私は席を立って他の人が描いているのを後ろから見ていた。それも手を組みながらだ。偉そう。いや偉いのだ。そう私は偉いのだ。後ろから見て

「はいはい、アイスのコーンね。」

「はいはい、ドリルね、かっこいいもんね。」

「お、オリンピックの炎の奴か、悪くはないと思うよ。」

こんなことを思っていた。下手したら口に出していたかもしれない。そして席へ戻り、何度も自分の作品を見返す。『にんげん』素晴らしい。作品そのものもそうだがこのタイトルも素晴らしい。力強い大胆な生命力溢れる作品だ。惚れ惚れする。一番になると自らを信じて疑わなかった。まさに自身満々だ。


さて回収の時間がやってきた。そして先生が一枚一枚出してみんなに見せる。もちろん誰々君と名前を言ってだ。正直私はみんなの作品はこの時は見なかった。いや見ていたとは思うが記憶に入れなかった。速く自分の番になれと思っていた。興奮で心臓が破裂しそうだ。こんな時こそ倍速したい。そして、遂に時が来た。私の番だ。私の名前を呼んでいる。そうだ、ここで私の描いた作品の説明をしよう。私はこの『逆三角形』を輪郭ととらえその中に目や鼻や口を描いたのだ。そしてタイトルを『にんげん』とした。小学一年の発想では輪郭はもっぱら丸か楕円形と相場が決まっている。ところが私は『逆三角形」と大胆な発想をした。これは固定観念に捕らわれない自由な発想だ。

「アハハハ。」

「面白い、めっちゃおかしい。」

みんなの笑い声が聞こえる。先生も笑っている。お日様は笑っていない。なるほど天才というものはそういうものかと理解した。いずれにせよ、他の人たちとは違う反応、心が動かされているではないか。今まで過去に一番をとっていった作品でもこれほどまで感情的に反応したものはない。

「ん!?」


『いんげん』

私の描いた作品にはそう書かれていた。『にんげん』とはどこにも書いていない。何度も見返したのに、何故だ!?そう、みんなは私の作品に笑っているのではなく、おそらくお前の書きたかったのは『にんげん』だろうけど、『いんげん』って書き間違えている、面白い。うっかりミス、凡ミス、道化。おかしいおかしいおかしい。

そもそも、どう間違えるというのだ。字が汚すぎてそう読めてしまうだけか?いや違う。『に』と『い』の一画目は似ているが二画目からは違う。というか画数が違うではないか。繋げて書いても『に』が『い』になるのは至難の業だ。それにどう見てもはっきりと『い』と書いてある。大体、小学一年生の私にとっては、今でもそうだが、『いんげん』よりも『にんげん』の方がポピュラーだ。この時の私は下手したら『いんげん』と言ったことも書いたこともなかったかもしれない。見たことすらもない。なんとなく野菜だった気がする程度だ。つまり、うっかりとしてもおかしい。うっかりの候補に『いんげん』が入ってくるわけがない。つまりは自らの意思でないと説明がつかない。しかし、一番このことで驚愕して絶句しているのは私だ。では誰の仕業か?そうだ。奴だ。『ピカソ』だ。私の降りてきたピカソは青臭かったのだ。


私は一番になりました。終わりよければ全てよし。結果オーライ。こんちくしょう。


その後、給食にいんげんのゴマ和えが出てきた。

「お前がいんげんっていう奴か、会いたかったぜ、この落とし前はどうつけてくれるんや!」

私はいんげんが給食に出て来ても睨んでしばらくは口にしようとはせず残していた。逆恨みとはこのことである。


「どうしてだ、私は天才ではなかったのか!ピカソよ!」

「天才だと笑わせてくれる。青臭い人間が。」



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私の前に降りてきたピカソは青臭い 悪本不真面目(アクモトフマジメ) @saikindou0615

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