《天界より見下ろすドラゴン・ケセファリス》の社会的機能

有明 榮

はじめに

※本稿はイングランド魔術師団在籍のケネス・バッキンガム(Kenneth Backingham, CH PhD FBA AR)による2015年の著書”Style and Function of dragon arts(邦訳題:『ドラゴン絵画の様式と機能』)”に基づき行なわれた、2021年の基礎研究(A)「イングランド魔術師団所蔵絵画群の図像的・社会的・魔法化学的分析」の成果として提出した論考である。魔術師が魔法の世界の外から、ドラゴンを描いた作品群を純粋な美術作品として観察・分析したバッキンガム氏の著書は、魔法美術研究において大きな功績を残したが、「ドラゴンひいては魔法そのものに対する疑念を生じる恐れがある」として、2022年末を以て英国魔法省文部大臣より禁書指定された。筆者は学問的な美術探求が政治によって妨害されたことに対し強く抗議し、改めて魔法魔術学会へと本稿を寄稿する。なお著作権の都合により、図版は省略する。


目次


はじめに

第一章 作品の図像的特殊性

第二章 爵位下賜状、贈答品とダニエル・ド=ナルニアの地位

第三章 「星詠みの棟」のケセファリス

おわりに

主要参考資料



はじめに


 ロンドン郊外に存在するイングランド魔術師団の拠点、ヤードバード聖堂(Yardbyrd Cathedral)はドラゴンを描いた魔法絵画を数多く保管している。1888年のウィーン魔法学術団によって所蔵作品の整理が行なわれたときには、既にそれらの大半がお互いに攻撃しあっていたことで破損・自損被害を被っていたが、ある作品は唯一無傷で保存されていた。その作品とは、イタリアより移住しイングランド魔術師団の一員となった画家、ピエトロ・アレッツィ(Pietro Marzio Arezzi, 1462~1508)による油彩画「天界より見下ろすドラゴン・ケセファリス」(以下「ケセファリス」と省略する)である(※1)。


 魔法界において、ドラゴンは古来魔術師の力の源として、英国内にとどまらず、ユーラシア大陸西部の幅広い地域で神聖視されてきたことは広く知られている。紀元2世紀後半、古代ローマ時代のギリシア古魔術団で編纂され、今日の魔法哲学の基礎となった『マゴイ倫理学』にも挿入されている「竜の福音(Ευαγγελιο του Δρακου)」と名づけられた断章が、いわゆる魔法界におけるドラゴン信仰の始まりを表すとされる(※2)。これをはじめとして、中世のフランスで小規模な結社を立ち上げた詩人アンリによる叙事詩『翼の民の詩(Poésies du Homo Ailes)』、ロンバルディア地方のラ・ヴェルトロ城砦の地下に収められた無名の魔法画家による大規模なフレスコ壁画「邂逅(L’Incontro)」などのように、ドラゴンに対する信仰はさまざまな芸術の形態をとりながら連綿と受け継がれてきた。


 その中でも、本稿の研究対象である銀色の龍ケセファリスは、プランタジネット朝イングランド王国の時代に成立した、魔術師であり詩人のジョン・スキャンター(John Cliff Scaenter, 1112?〜1188?)による英雄叙事詩『薔薇の詩』に登場する。この叙事詩はイングランドにおける魔術師の起源神話集成であり、スキャンターの存命中こそ幅広い支持を得なかったものの、彼の死後、フランス魔術師団へ派遣された一団が大陸に持ち込んだことで、現地で文学として人気を獲得した。結果今日に至るまでヨーロッパ各地で増版が繰り返されるほどの、時代と国境を越えるベストセラーとなった。


 物語においてケセファリスは、先史時代のブリテン島に暮らす羊飼いダミアーノに智慧を授けて魔術師となした。これによりダミアーノは「火に勇み、水に親しみ、風に歌い、大地に踊り、大いなる力を得」たが、世の理を外れた魔法に畏れを抱き、またブリテン島の社会への影響を懸念したため、人里離れた森の中で密かに修行に励んだ。彼はその「尋常ならざる力」をあくまで利他目的で使用することをケセファリスに誓い、ケセファリスはダミアーノに試練を与える。ダミアーノは「故郷を脅かす東からの大群」を、人前に姿を見せることなく、二度にわたり駆逐したが、決してその成果に驕らず、再び森に戻る(※3)。かくしてダミアーノの魔術師としての素質を認めたケセファリスは再び天界へ昇り、今尚魔術師を見守っているとされる。以上のような物語から、ケセファリスはイングランドの魔術師にとって智慧と力の象徴・源であり、また崇敬と畏怖の対象とされている。


 上記の経緯から、ケセファリスは度々絵画の主題に選ばれ、本稿で取り上げる《ケセファリス》もそれらの中に位置づけられるものである。左下に小さく描かれた石碑の「1485 D. NR」という文面から制作年代が特定され、それに合わせて大英魔法図書館に保管されている契約書により注文主と当初の設置場所も特定されている(※4)。また後述するようにその特異な画面構成から、現在まで本作の図像源泉の探求や、主題、寓意をめぐる図像解釈が多数試みられてきた。一方で、絵画の本来の設置場所や作品の用途、もしくは魔術師団における効果といった魔法社会に対する機能の面は十分に検討されていない。これは魔法美術界において、魔術師の力の源泉である竜の図像を、作品の外部である社会的コンテクストに基づき分析することが、神聖性を疑い魔法の純粋価値を損なうとして古来タブー視されていることも大きいだろう(※5)。しかし本稿では、あえて魔法界における美術の社会的機能について言及したい。


 本稿ではまず、15世紀のイングランド魔術師団のために制作されたドラゴン(とくにケセファリス)を主題とする作品群と比較しながら、作品に現れる図像の特殊性を指摘する。続いて、注文主であったダニエル・ド=ナルニアに送られた爵位下賜状と贈答品について、魔術師団における地位の観点から検討する。最後に、注文主の経歴に立脚して、一般世界の事例と比較しながら、図像の特異性の要因と、それに基づく作品の社会的機能について考察する。本稿は純粋な魔法美術作品として本作を客観的に分析することで、今後の魔法美術研究の一助となることを期待する。



※1 額縁に添付された純金製のプレートには’Kesepharyss’とのみ記載がされているが、同主題を扱う絵画作品との混同を避けるべく、このときの調査で新たに名前が付けられ、カンヴァスの裏面に’Kesepharyss: The Dragon looking down from Heaven’と刻印された。


※2 一般的に「竜の福音」が最古のドラゴン信仰を証明するものとされるが、Becket(1995)やKreuts(1999)は1982年にアッティカ地方で発見された紀元前2世紀頃の石板群Q102〜109に度々登場する「大蛇(ΔΡΑΚΩΝ)」をドラゴンの証言の最初としている。しかし研究者の多くはこれをアリストテレスによる『動物誌』で言及される「有翼の蛇」から引用されたものとみなしており、これら石板が信仰を示す最初期の証拠であるという確証は得られていない。


※3 ジョン・スキャンター,長島巌訳(1978)『中世魔法師詩歌集3 薔薇の詩』(花園文学社)pp.13-16. なお「東からの大群」とはカエサル率いるローマ軍を指し、その艦隊の損害をダミアーノの大規模魔法によるものとする研究もある。対象箇所については、カエサル,近山金次訳(2019)『ガリア戦記』(岩波書店)pp.160-161、173-175参照。


※4 石井秀隆(1990)「イングランド魔術師団所蔵「ケセファリス」の来歴をめぐる一考察」『魔法美術史』180(255)pp.38-42.


※5 Martin Einzman, The history of Index Librorum Prohibitorum in magic-painting studies, New York, 2010, pp.23-27.

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