セクティアドバイス

福田英人

第1話 大池にて

 セクティは、美しい大池(おおいけ)の畔をゆっくりと歩いていた。透明な水面は鏡の様に周囲を写し取っていた。涼やかな風が、池の表面を撫でた。水面が僅かに撓んだが、それは、寸刻で凪いだ。それはセクティの心の有り様を顕すようだった。

   

 セクティは、長身で黒髪の透き通った白い肌の美しい女神である。黒いドレスに純白のフリルが付いている。セクティが自らデザインしたものだ。かつて世界を巻き込む大きな戦争があった。戦いの傷跡は大きく、今だに各地に残り、その悲惨な出来事を今に伝えていた。対流する風は悪戯が好きだ。大人しくする気は無いようだった。セクティは、大池の周りを取り囲むように設置された大理石の円環に座っていた。セクティは、風の悪戯を真似るように、大池の水面を確認するように優しく撫でた。美しい小さな波紋が映し出され、やがて凪いだ。セクティは、行けそうね、と呟くと立ち上がり、どこからともなく長柄の黒い鎌を取り出した。セクティは、自らの魂に住んでいる3匹の従僕に呼びかける。


 セクティ:「チック、タック、テータ、やるわよ! チック、風の集まりは、どう?」

 チック:「はい、近くに風の集まりは無い気がします。鏡面は維持出来るでしょう」


 風が集まると大気の乱れに通じる。大気の乱れは池面を乱すので、セクティはそれを気にした。セクティは、暇人である。『秘密』の役務を拝命してから、すっかり時間を持て余すようになり、時間を見つけては、沼地を攫うことに明け暮れていた。無限湧きと思われていた大沼は根負けをして、いつしか清い大池へと変わっていた。ドロだらけのゴミの中に値千金の御宝や情報は埋もれているものだ。情報は力である。情報集めは任務である。値千金の情報はいつもゴミの中に混じっているものだ。そして、泥棒攫いの後は、瀬はお風呂に入る。それがルーチティーン。お決まりである。心身のリフレッシュをするのだ。あらゆる情報はセクティの元に集った。情報に関わることは、良いことばかりではない。こんな仕事をしていると、見たくもない記録に出会うこともある。凄惨な記録や邪悪な記録である。他人はセクティにそれを押し付けた。2度と人目に付かないように。秘して埋めようとした。セクティは、苦しみ、悶絶した。その重さ、痛さ、熱さに。経験しない者には、分からないほどの辛さだっただろう。だが、セクティは耐えた。そして、いつしか誰もセクティに後ろ指を立てることが出来なくなった。情報は力。嘘ですら、力を持つ。増して、セクティが扱うのは真実だ。扱いに困り、秘して捨てられた秘密だ。それがどれだけの破壊力を秘めているかは、推察すれば分かるだろう。セクティは、いつも小箱を持っている。その秘密を入れていると、噂される小箱だ。セクティは、寡黙だ。その真偽に関しては、いつも黙して語らない。この世に語り残すことは少ないわ。それが彼女の口癖だった。セクティの仕事に歪みはない。正確無比な仕事ぶりが、実直な人となりを現していた。大池の水面は、撓みと凪を繰り返しながら、セクティの反応を待つ。


 セクティ:「タック、周囲監視、おねがいね」

 タック:「了解!」

セクティ:「テータ、映像流すわよ。記録、おねがいね」

 テータ:「かしこまりました。行けます、どうぞ」


 ムードメーカーのチック、その相棒のタック、まとめ役のテータの息もピッタリだ。風は止まっている。セクティは、長柄の鎌の石突で鏡面となって佇む水面を突っつく。すると、鏡面と化した水面に見たこともない映像が映し出された。恐らく、この池の記憶であろう。画面はクリアで微細である。戦火と雷光。竜と巨獣の激突に映し出される。映像を見ながら、セクティの心に浮かぶのは、目の前で繰り広げられる激しい過去の戦闘でなく、実近の出来事。3つ子の妹のイマの消失ことだった。イマはこともあろうか、ナイに反逆を試みて、それがナイに露見して制裁を受けたのだった。ナイとは、複世界ナイラディアの女皇にして、私達の母である。頭脳は、その出来事が、ずいぶん前の事だと告げている。しかし、記憶はその鮮明な映像で、あたかも昨日のことであるかのように饒舌に語る。


 セクティ:「貴方は、何故、答えてくれないの?私は確かに貴方を私の魂に取り込んだはずよ? 娘の手にも貴方を掴んだ実感がある。貴方は、私を許せないの? 怒っているの? 貴方の体を相談も無しに、勝手に処分したのを怒っているのね? でも、仕方ないじゃない。母上に逆らうなんて、私には到底出来ない。そこにあるのは明確な死。私だって、あそこでむざむざと終わる訳には行かなかった。私には、どうしても知りたいことがあるのだから。だけど、見捨てた訳じゃない。貴方達は、私の妹達、愛する妹達よ。私も貴方達を助けたかった。貴方達は、私に与えられた、姉妹ですもの。もし、貴方達を助けるように命乞いをすることで、貴方達が助かるのなら、そうするべきだし、私もそうしていたはずだ。だけど、それは悪手。母上は、疑り深い方(かた)。狭量で、制裁に於いては徹底を惜しまない方。半端なやり方は、不従順と受け取られ、私も貴方達も直(ただ)ちに抹殺される。私も貴方達も助かる道は元から用意されてなかったのよ。だけど、私は抗った。どちらも失う道があるなら、必ずどちらも生き残る道があるって。私は従順を装いながら、貴方達を助けるという裏切りの犠牲(リスク)を支払った偽りの従順という裏切りを母上にしてしまった。裏切りでありながら、裏切りと知られない形を取った。そうして、見かけ上、従順を装った。肉体の生成ならば、私にも出来る。母上は、貴方達の始末を、私に押し付けるのは、想像できた。彼女にあるのは、他人に対する根深い不審感。不審の根が浅せれば、彼女が彼女が自ら手を下して、おしまい。全てが終わる。でも、そうはしない。腹立ち紛れに、半殺しにはするけれど、始末は私に任せてくる。そうすることで、私の立場を確認しておきたいのだ。つまり、私(ナイ)に着くのか? 姉妹達(イマとミラ)に着くのか?ってこと。私がすり替えた偽物で殺害を匂わせても、ナイが検分で、その嘘は立ちどころにバレるだろう。この体は、ファイタ昇格時に頂いた特別製の体。母上だけが分かる仕掛けがあるかも知れない。仕掛けだなんて言わずとも、達人は自分の仕事が分かるらしい。そこをどうにか切り抜けたとしても、貴方達を匿うのは困難を極める。そこで私が下した決断は、体は帰す!魂は殺させない! 私は貴方達の魂を私の魂と融合させた。私は切り抜けた。切り抜けたはずなのよ。ミラが答えてくれた時、本当に嬉しかった。でも、イマ、貴方は答えない。予定は上手く行った。予定と違うのは、ミラは応えてくれるのに、貴方の返答は今だに得られていない事実。従順を装いながら、貴方達を助けるのは、あれしか無かったのよ。やはり、怒っているのね。・・・イマ。許して、私の力の無さを。融合は上手く行った。行ったはず。どうして、声を・・・」


 ミラ:「おい! いつまで愚にも付かないことを、考えてやがるんだ! 上ねーちゃん、来るぞ!!」


 そう、激を飛ばしたのは、ミラだった。カゴ、イマ、ミラの末っ子だ。


(第2話へ続く)

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