第14話「鋭い眼差し」
探偵クロエ・ガーネットは、リトル・ハダムの村にいます。陽はとっくに沈み、少女のまわりの空気は、静寂と闇に支配されています。
少女はその家のドアを、やや強めに叩きます。
人がでてくる気配はありません。
クロエはもっと力をいれて、どんどんとノックします。
歩く音が聞こえてきました。足音はドアに近づき、やがて止まります。
ドアの向こうから、しわがれた声がします。
「だれじゃ?」
クロエはやや大きな声で言います。
「探偵のクロエ・ガーネットです」
ドアが少しだけ開かれます。
彫像を造った人物、芸術家ブラウン氏が顔をのぞかせました。
ブラウン氏は、不機嫌をあらわにして言います。
「こんな遅くに、なんの用じゃ?」
クロエは、氷のようにきつい口調で言います。
「彫像〝水を見守る者〟はどこにあるの?」
ブラウン氏は、眉にしわを寄せます。
「なんじゃと?」
クロエは、なおも攻撃的な調子で言います。
「彫像がどこにあるのか聞いてるの。あなたでしょ? 彫像を盗んだのは」
ブラウン氏は、しばらくの間、鷹のような鋭い目で、クロエの瞳をのぞき込みます。やがて口を開きます。
「話を聞こう。入れ」
芸術家ブラウン氏の家のなかには、相変わらず強い薬品の匂いが漂っていました。壁には、前回みたときと同じく、全体が白く汚れた上着が掛けられています。
奇妙なユニコーンのオブジェが、不気味にクロエを見つめています。
ブラウン氏は、部屋の中央のテーブルわきにある木製の椅子を指さして言います。
「まあ、座れ」
少女は言われた通りにします。
ブラウン氏は、ひとりキッチンに行き、部屋の陰から言います。
「紅茶か? コーヒーか?」
「紅茶をいただけます?」
「わかった」
やがて、ブラウン氏はふたつのティーカップをソーサ―無しで持ってきました。
芸術家は、クロエの向かいの席に静かに座ります。
ブラウン氏は、落ち着き払った声で言います。
「それで、わしが彫像を盗んだ犯人だと言うんじゃな? なぜそう考える?」
「簡単なことよ」
クロエは肩さげバックに手を入れ、1枚の紙を取り出し、それをブラウン氏によく見えるようテーブルの上に置きます。
探偵の少女は言います。
「この紙を見て。こう書いてある。〝井戸の広場の彫像の目は、サファイアで出来ている。今夜、深夜の3時、それを4番地空き家に持ってこい。おれが20ポンドで買い取ってやる〟」
「ふむ。それで?」
「全ての人々は〝水を見守る者〟の目はガラスで出来てると思ってる。〝水を見守る者〟の目がサファイアだと知っているのは、この世でたった一人。そう、彫像の作者である、あなただけが、目がサファイアだと知っている」
ブラウン氏は、瞬き一つせずに言います。
「なるほどな」
クロエは、またバックに手を潜り込ませ、小さな蓋つきの瓶を取り出します。
瓶の中には、多量の白い粉が入っています。
少女は瓶の蓋を開け、それをテーブルにおいてブラウン氏のほうへ差し出します。
クロエは言います。
「瓶の中身の匂いを嗅いでみて」
老人は、瓶を手に取り、それを顔にちかづけ、鼻をひくつかせます。
「薬品の匂いじゃな。この部屋と同じ匂いじゃ」
クロエは老人の目を闇夜の蛇のような鋭い眼差しで見ながら言います。
「この白い粉、なんだか分かるでしょ?」
老人は何も言いません。
クロエは老人に代わって言います。
「この瓶に入っているのは、ハチの駆除剤よ」
クロエは椅子から立ち上がり、すたすたと壁のほうへ歩いていきます。白く汚れた上着の前で立ち止まると、上着を手に取り、白い汚れの部分に鼻を近づけ、匂いを嗅ぎます。
「やっぱりね。この上着に付着している、この白い汚れが駆除剤よ」
老人は平静そのものといった様子で、紅茶をひと口飲みます。
クロエは続けます。
「わたし、はじめてこの村にきて井戸の広場を調査したとき、たくさんのスズメバチの巣を見たの。でも、ハチは1匹もいなかった。それで、今日、村役場に行って聞いてきたの。最近、井戸の広場では、スズメバチによる被害が多発してた。それで、4月7日の夕方頃に、役場の人たちがスズメの巣の駆除に行った。ものすごい大量の駆除剤を木々に向かってまき散らしたそうよ」
老人は、また紅茶をひと口やってから、言います。
「ふむ、そうか」
クロエは、紅茶をすする老人をじっと見つめながら言います。
「こういうことよ。あなたは4月8日の3時頃に彫刻を盗み出すことに決めていた。でも、井戸の広場に行くための小道の前には、いつも一晩中ポーカーをする子供たちがいる。あなたが自分で子供たちを追い払ったら、犯人はあなただと、すぐにばれてしまう。そこで、あなたは教師コートニー氏に、子供たちを家に帰らせることに決めた。貧しいコートニー氏の家のドアに、例の手紙を差し込んだ。8日の深夜3時、あなたは小道に向かう。子供たちは家に帰らせられている。コートニー氏は、架空の男に会うために4番地空き家に行っている。あなたの目論見通り、小道にも広場にも誰もいない。さて、あなたは広場に着いた。あなたは〝特殊な台車〟を彫像の前に持ってくる。彫像を台車に乗せるために、力のない老体のあなたは、体をめいっぱい彫像に押し付けた。そのとき、彫像に付いていた大量の駆除剤が、あなたの上着にびっしりと付着した。そうして、あなたは台車に乗せた彫像をどこかに持ち去った」
老人は、手にしていたカップを、そっとテーブルに置いてから言います。
「この力ない老いぼれのわしが、どうやってひとりで彫像を運び去るんじゃ?」
クロエは、上着のそばから離れ、ユニコーンのオブジェの前に行き、そこで止まります。
「わたし、今日、蒸気自動車の発表会に行ってきたの。そこで、蒸気エンジンの内部構造をじっくりと見てきた」
老人が興味深げにクロエに目をやってから言います。
「それで?」
少女は、ユニコーンの角を指さします。
「この角、2本の鉄の棒で出来ていて、それぞれがボルトで連結されてる。これ〝クランク〟ってやつでしょ」
こんどは、ユニコーンの口を指さします。
「円盤とロッドって呼ばれる棒が組み合わさったこの口。これは〝ピストン〟」
そして次は、ユニコーンのお腹を指さします。
「この光沢をもった真鍮の円筒、これは〝シリンダー〟」
クロエは、きりっとした目で老人を見ます。
「そう、このユニコーンのオブジェは、蒸気エンジンのパーツでできている。あなたは、蒸気エンジンを台車に取り付け、蒸気機関の力を使って彫像を持ち去った。蒸気機関の力があれば、彫像を運ぶのなんて、簡単なことだったでしょ?」
老人は何も言いません。
「このユニコーンのオブジェに、ボイラーって言う部品は見当たらないけど、ボイラーはどこへやったの?」
芸術家ブラウン氏は、紅茶をひと口飲んでから言います。
「ボイラーはオブジェの材料になりそうもないから、捨てたわい」
老人はカップを置くと、何かを考えるように上を向き、やがて言いました。
「ガーネットさんや、ちょっとふたりで出掛けるとしようか。夜の森はひどく冷えるが、辛抱するんじゃぞ」
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