第24話

―女を紹介するよ―

そう種を蒔いてから、柏木からの返答はない。顔を合わせても、その手の話はでてこない。

やはり小児性愛者なのか。そもそも、女に興味がないのか。それはわからない。

だが、こっちから話題に出すのは駄目だ。

その時をひたすら待つ。

重厚な扉が開き、柏木が顔を覗かせた。会う度に髪が伸びている気がする。結んでいない髪は暴れていた。髭も剃っておらず、不潔さが際立つ。

「お邪魔します」

酒を持って行ってから、懐かれるようになった。敵わないと思った相手には尻尾を振る。犬みたいな奴だ。

木野はキッチンに入り、皿を取りだした。柏木の好きな酒とつまみを適当に盛り付け、テーブルに持っていく。

「何、見てたの?」

木野はソファに座る柏木の隣に腰を下ろした。「題名、わかんない」

柏木は何も言わずグラスの酒を口に運んだ。

「映画、見られるようになったんだな」

「うん。邦画じゃないなら」

柏木は礼を言わない。というか、礼儀を知らない。長い芸能生活。してもらって当たり前だったのだろうか。不必要にちやほやされた代償は大きい。

「これ、どこの国?」

「タイとか?そっち系かな?わかんね」

以前はテレビをつけることもできなかった。これは前進していると言えるのだろうか。疑問に思うほどの小さな1歩。地上波・配信・ネット・邦画はいまだに無理らしい。

「面白いか?」

「ううん。つまんない」

木野がテレビの電源を切る。

「何すんだよ」

「つまらないなら見るな。時間の無駄だ」

「うるせえな」

「いいかげん外、出るぞ」

木野は立ち上がり、柏木の腕を掴んだ。思ったよりもしっかりとした二の腕。線の細い身体からは想像がつかない。運動しなくても、保てるのが若さか。

「放せよ!無理・無理・無理。ほんと無理だって」

抵抗され、手を離した。

「なら、せめてその汚い髪を切ってくれ。見ていて不潔で、すごく不愉快だ」

柏木がショックを受けている。言い過ぎだろうが事実だ。

柏木に好かれた理由。実母である卯木真理子や速水がタブーとしている話題に存分に触れているからだろう。気を遣われるのは度が過ぎると苛立ちに変わる。

木野は風呂場で胡座をかく柏木にケープを被せた。

柏木はケープの下で手を動かしている。木野は柏木の後ろ髪を一掴みした。記者会見時は短髪だった。あれからどれぐらいの時がすぎたのだろう。

「しかし、よくここまで伸ばしたよな」

「伸ばしたってゆうか。伸びちゃったってゆうか」

木野は躊躇無く根元を切った。束を切る低音が柏木の耳に入る。

「ちょっ…ちょっと待って。今、すごい音したんだけど」

「ほら」

切ったばかりの髪を柏木に見せた。

「えっ?嘘だろ。大丈夫かよ」

「過程なんてどうでもいいだろ。お前は芸能人になるぐらい容姿に恵まれてる。少しぐらい歪でも大丈夫だろ」

「だぁーもう、わかったよ。好きにしてくれ」

木野がバリカンの電源を入れる。

降参した柏木は大人しかった。

「できたぞ」

柏木が目を開ける。切られた髪が乱雑していた。

「うっわ。きったね。すごい量なんだけど」

「ケープ外すぞ」

ケープから、さらなる髪が床に落ちる。

柏木は自分の頭に触れた。

「なんか気持ちいいかも」

立ち上がり、鏡を見る。

「おっ、結構いいじゃん。木野さんて器用だね」

「YouTube。バリカン・簡単で調べて、出てきたやつを参考にした」

襟足から後頭部にかけて6㎜で刈り上げ。前髪は30㎜。間を10㎜・20㎜で切り、境目をなくしていく。

これで、当分はさっぱりするだろう。存在感のある目を遮るものはなくなった。やはり素材がいい。

「お気に召しました?」

「うん。ありがとう」

飲料水のCMで見せたあの笑顔だった。

「俺に礼を言ったの初めてだな。これだけ貢いでも礼一つ言われなかったからな」

「うっそ?言ってよ!俺、言われればちゃんと直すし。でも、言われなくちゃわかんないところとか結構あるから」

失礼だが、素直ではある。

「お前の歳で礼言えないとか。ずっとやばいと思ってたよ。俺」

「ごめんて」

柏木が両手を合わせ謝る。

男色に興味は無いが、柏木とのやりとりは嫌いじゃ無い。むしろ、可愛いとさえ思う。

「やっぱ、綺麗な顔してるよな」

「うるせえ。変なこと言うな。きもい」

柏木が思い切り、木野に背を向けた。耳が少し赤くなっている。

風呂から上がった柏木がリビングに戻った。短髪にして、髭も無くなった。不潔な印象はない。

「じゃぁ、行こうか」

木野が柏木の肩を抱く。

「は?」

「エレベーターの前までなら行けるだろ」

「だから、無理だって」

柏木は肩に乗った柏木の手を振り払った。

「俺は、譲歩してるよ。本当はセンシティブで総菜買ってこさせたいんだから」

「うっわ、絶対無理!」

「俺は何度もここに来てるけど、エレベーターで誰かに会ったことは一度もない」

嫌がる相手に無理強いさせたいのはサディストの性だろう。

「ほら、行くぞ」

柏木の腕を強引に引っ張り、玄関へ向かった。扉を開ける。美術館のような廊下。それとも官邸か。

世間から向けられる誹謗中傷が若い俳優を外に出られなくさせた。たしかに、犯罪をおこしたが、人を殺めたわけでもない。

「案外、平気だろ」

「ん」

後ろからついてくる柏木が緊張気味に返事をした。さっきまでの威勢の良さはない。

すぐにエレベーターについた。

木野は気づかれないように下へ向かうボタンを押した。階数を表した数字が上がっていく。

「ねえ!あがってくる!!誰かあがってくる!!」

柏木の慌てよう。木野の手を掴みダッシュで走り出す。木野は顔を押さえ、こみ上げる笑いを隠した。柏木は急いで家に入り、扉を閉めた。そのまま扉に背中を合わせ、腰を抜かす。「はぁはぁ」と全身で呼吸する。

「俺が押したんだよ」

「はぁ?」

犬が唸り睨んでいる。

「あんた、最悪だな」

鋭い目に睨まれると、興奮してくる。憎しみのこもった目を床に沈め、謝罪させたい。

男女とわずいけるのかと錯覚する。

「俺はサディストだからな」

舞衣に言ったからだろうか。

以前よりも抵抗がなく口に出すことがきる。

「何言ってんの?きも」

「俺はいじめっこってことだよ」

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