うさぎ転生~角ウサギに転生した元日本人は、日本食が食べたくて兎獣人への進化を目指す~

桐嶋紀

第1話 目覚めは脱兎のごとく

「第63回全日本牛丼大食い選手権! 優勝は――」


 

 オレの意識はそこで途切れた。


 まさに今、呼ばれるはずだったオレの名前。


 それを最後まで聞くことなく、どうやらオレのは終わりを迎えたらしい。



 『らしい』というのは、文字通り、それが定かなことなのかどうなのかもわからないからだ。


 身体の感覚が違和感だらけだ。


 周りは真っ暗だ。


 だが、こうして思考が出来るという事は、意識はあるという事か?


 わからない。

 

 

 オレの身体はどうなった?


 さっきから起き上がろうと身体を動かそうと試みてはいるのだが、思う様には動かない。


 自分が今どんな体勢をしているのかもいまいち把握できない。


 しばらくの間身体をよじらせていると、どうやらうつぶせの状態になっているような気がしてきた。


 地面に接しているのか、お腹のあたりから体温が奪われていっているような感覚が――。


 感覚?!


 オレは今、身体の感覚を感じている?


 それを自覚した瞬間、突如聴覚が一気に開けた感じがして周りの音が脳内に飛び込んでくる。


 周りの音が―― 妙にうるせえな?



 風の音や風にそよぐ草木の葉音。


 遠くでいななく馬の声。


 どこかを飛んでいるよくわからない鳥の鳴き声と羽の音。


 それらは普段感じるそれよりも、大音量で耳に突き刺さってくる。 




 そして、だんだんと近づいてくる足音。


 いびきのような不快な鼻音。


 自分のすぐそばで振り上げられるこん棒の風切り音―― あぶねえ?!



  ドシャッ!


 さっきまでオレのいた場所の地面を強烈に叩きつけるこん棒の音!


 地面への衝撃で宙に舞い上がった土砂が背中に降り注いでくる感覚が、間一髪であったことを物語る。

 


 何が起きている?


 とりあえず、何かしらの身の危険が迫っていることが本能的に理解できる。


 この場から一刻も早く離れなければならないことも。


 

 『逃げろ』


 本能がオレの身体にそう命令している。


 身体?



 意識を自分の身体に向けてみる。


 今、オレは走っている。


 それは感覚的に間違いない。



 頬を撫でていく風。

 

 自分の激しい呼吸音。


 手足の裏に感じる土の感触――ん? 



 走っているなら両足の下にのみ感覚があるはずでは?


 なぜ手のひらにまで土を咬む感触があるのだろう?



 そうだ、周りを見ろ。


 意外なことに、これまで身体感覚と聴覚は強烈に自覚できていたが、視覚の情報を意識したことがない。


 周りの様子は――って、地面近っ!


 オレ、地面すれすれを走っている?!


 予想の範囲を超えて目の位置が低い。




 ここまでの出来事で、さすがのオレも察することが出来た。


 今のオレ、ではしってるぅ!


 


 え? これなんなん?


 今のオレ、どんな状況?

 


 そんな戸惑いと同時に命の危険を感じながらも何者かからの逃走を続けていると、

ふと全身をおおっていた敵意のような重圧が軽くなっていくのを感じる。


 どうやら、謎の敵からは無事逃げられたようだ。 



 逃走をやめて一息つく。


 結構な速度で結構な距離を走っていたにもかかわらず、それほど疲労している感じはない。

 もう一度走れと言われれば問題なく走れるだろう。



 かく、わけのわからないうちに巻き込まれた逃走劇は終わり、少し落ち着くことが出来た。


 そこに、木々の向こうから水の流れるせせらぎの音が聞こえてくる。


 そういえば、いささか喉が渇いている。


 オレは水を飲もうと音の聞こえる川の方に向かい―― あれ?


 何でオレ、普通に川の水を飲もうなんて考えているんだ?


 自販機探すとか、水道探すのが本当じゃないのか?


 自分の思考回路に不信感を抱きながら川に近づき、水面をのぞきこむ。





「あ、うさぎだ」



 そこに映るのはウサギの姿。


 色は白、目は赤‥‥‥くないな。目玉が黒い。


 そして、眉間に生えるとがった硬そうな角一本。



 オレが右手を挙げると、


 そのウサギも左の前足を挙げる。 


 何度繰り返しても同じ動きをしてやがる。

 

 ちょっとかわいいと思ったのは内緒だ。


 


 オレの動きを真似る、水面に映ったウサギの姿。


 いや、認めたくはない。信じたくもない。


 だが、だが。


 認めざるを得ない。



 オレは、ウサギに生まれ変わってしまったようである。


 

 でも、オレの知るウサギに角なんてなかったはずだ。

 

 オレの記憶にある、角の生えたウサギと言えば。


 様々なRPGの比較的序盤に出てくる、決して強いとは言えない魔物モンスター


 魔物?


 そんなもんは日本にも、チベットの山奥にも存在しないはず。



 と、いう事は。


 ここは―― 異世界という事か。







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