第47話 風花とおでかけ①

「……つまりデートをしたいと?」


「ふ、ふん。デートなんかじゃないわ。いきなり色々変わって大変そうだからね。せめて姉妹仲良く遊んであげようってだけよ。これは私の慈悲なの。わかったかしら?賢しら兄貴……ううん、お馬鹿なお姉ちゃん」


 こちらの世界に来てから一週間と少し。

 ある土曜日の朝のことだった。

 ここに来て風花がデートのお誘いをしてきた。

 

 本人はデートではないと言い張っているが、心を覗いてみると『なんで素直になれないんだろう』だとか『気づいてほしい』といった言葉で溢れていた。

 表側を見るだけで十分すぎるほどにわかりやすいので問題はなかった。


「はいはい、わかりました。ええ、良いですよ。その心遣いはありがたいです。……とっても嬉しいです」


 しかし、色々変わって大変そうだからその気分を慰めてあげたいとか、そういう言葉も嘘ではなかった。


 慈悲だというのも嘘ではない。

 愛情が強すぎて霞そうになっているが、風花が憂……もといノエルに抱く感情は色々と複雑なのだ。

 愛情が普通の3000%あるとしたら、憎しみだって550%はあるし、羨望は10200%はあるだろう。

 憂がノエルと合一したことに関しても、『やっばり兄貴は凄い!』と憧れや愛情が高まるのと同時に、知性が普通のレベルにまで落ちてしまったことに関しては、複雑ではあるものの上回ったことによる優越感のようなものも抱いていた。

 だからこその、慈悲。


 姉妹でデートしていちゃつきたいという気持ちが一番に来るとはいえ、それらは決して偽りではなかった。


 そこまで見抜いたうえで、心遣いが嬉しいと思ってしまった。

 思わず笑顔になってしまう。

 基本的に普段から微笑をたたえているノエルではあるが、普段より笑顔が深まっていた。


 心が温かいのだ。恋人たちと居るときもそうだが、家族といる時は別種の温かさを感じる。

 風花の場合はさらに強かった。

 祖父に関しても特別強いつながりのようなものは感じるが、風花の場合はそれとも少し違う。

 その答えには見て見ぬふりをしていた。


「それで良し。前より素直になったわね。異世界で将軍やってるってのにそれでいいのかしら?」


「あはは、戦場と日常は違いますよ。まあ、『オレ』だった頃の知性を引き継げたら楽だとは思いますがね。で、どこに行きたいとかはありますか?」


「まあ、行きたいところは色々あるけど……『お姉ちゃん』の歌声を聞きたいかな」


「……そういえばこの体になってから歌ったことはないですね。どうしましょう、下手くそな歌を披露してしまったら」


「そうなったら思いっきり笑ってあげるわ。まあ、兄貴のことだから心配はいらないと思うけど」


 完全に以前のままの心であれば、重荷に感じていたであろうその信頼(イノリ)も、今では軽く笑いあえる言葉だ。


 とりあえず、カラオケに行くことになった。


「そういえば、カラオケ自体あんまり来たことないんですよね。来たときのことは全部細部に至るまで思い出せるくらいには少ないです。十数回でしょうか?嫌いではないんですが、勉強やトレーニングばかりをせざるを得ませんでしたからね」


「十数回なら、そのうち半分くらいは私と来たってことね」


「……ええと、ああ、はい。ちょうど半分と一つですね。半分以上でした」


「ふ〜ん。でも、兄貴だった頃のお姉ちゃんって相当歌上手かったよね?目指そうとしたら歌手目指せそうなくらいに。それなのに全然来てないのは、知ってはいたけど改めて言われると意外だなー」


「名誉のために言っておくと、友達が特別少なかったわけではないんですけどね」


「……そういえば、結構友達もいるはずだけどあんまり遊んだりしなかったよね?ずっと努力し続けていたのは知ってるし、よく考えれば当然なんだけど……やっぱり凄いや」


「怖かったんですよ、抜かされるのが。それだけです。……それより、何を歌いましょうかね」


「前の十八番はノイジースターのH.K.だったわよね。さすがに本人ほどのレベルではないけど、すごく上手かったよね」


「あの天才ボーカルと比べないでくださいよ……流石に荷が重すぎます」


「ちゃんとしたトレーニングとか受けて真面目にやれば、いつかは超えられたと思うけど?」


「あはは、無理ですよ流石に。買いかぶりすぎです。なんでもできたかもしれませんが、その分野でのトップには敵わないのが『オレ』なんですから。……この体になってから初がそれってのもいいですが、今の俺は『ノエル』ですからね。もっとふさわしい歌があるんですよね」


「……まさか、ゲーム時代の『ノエル』のキャラソンとか?」


「そのまさか。ノエル本人がノエルのキャラソン歌うとか実に楽しいと思うんですよ。……ちょうどそれっぽい服装も持ってきていますし、えいっ!」


 ノエルは虚空から服を取り出して、ハイスペックを駆使して目にも止まらぬ早着替えをこなした。

 

「……うわぁ、えっちすぎ」


 着替えた服装は、黒くて露出が多いドレスだった。

 ゲーム本編において本来のノエルが着ていた服装に近いものだった。

 風花も頬を紅潮させて見惚れてしまっていた。

 あくまでもノエル≒憂だからというのが前提ではある。それがなければそういう目では見なかっただろう。

 それでもあまりにもエロティックだったから……思わず襲いたくなっていた。


「そうでしょうそうでしょう。俺は最高の美少女なんですから」


「自信満々なのがやけに似合っててムカつくわ」


 風花は胸の部分をチラチラ見ながら……ガン見しながら、悪態をついていた。


「……で、なんですが。俺のスマホで歌っている映像を撮ってくれませんか?」


「ビーチューブにでも投稿するの?まあ、確かにバズりそうだけどさ」


「まあ、そうなりますね。……ああ、まともに配信者活動をするってわけではありませんよ。気まぐれに思いついたアイデアを上げる場所が欲しいだけです。あとは単純に、世界を俺の美貌で魅了したいってのもありますね」


「やっぱ兄貴って傲慢よね。まあ、私もお姉ちゃんの凄さは全人類に知ってもらいたいから協力してあげるわ。……ただし、洗脳みたいな力で魅了したりはしないこと。そんなことしなくてもお姉ちゃんなら無双なんだから。つまらないケチがつくのは嫌でしょ?」


「当然です。戸籍やらなんやらに関してはどうしようもなかったのでああしましたが、洗脳は好きな手法ではありませんからね」


 いずれ神となったとき、世界に敷く法によって宇宙の民たちの思考は改革されることにはなる。

 それは洗脳と言われれば洗脳のたぐいだろう。

 既に地球一帯を己の法で包んでいるから、やることはやっている。


 しかしそれでも、極端なことはしたくない。やるつもりもない。

 アミダやバアルが望む世界についても、極端になりすぎないように己がバランサーとなる覚悟をしていた。

 アミダと以前、望む世界について語り合ってからたどり着いた思考だった。


 他人の意思を『異能によって』捻じ曲げるのはまったくもって趣味じゃないのだ。


 己の魅力や膂力によって捻じ曲げるのは嫌いじゃない。好みの展開だ。もちろん、その状況にもよるとはいえ。

 だが、異能でとなると違ってくる。つまらないし、なにより気味が悪いと思ってしまう。


「なら、撮ってあげるわ。ちゃんと可愛く撮ってあげるから、歌の方は頑張ってよね」


 デートと言うにはサービス精神や気遣いが欠如しているが、ノエルにはわかっていた。

 最適解ではないけど、これはこれで風花にとってはかなり良い回答なのだと。


 『最適解』を取る勇気はないけど、新しい趣向で楽しんでもらいたい。ついでに承認欲求も満たしたい。

 そこから生まれた答えだった。

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