第29話 弟子

 アーリデ殿と仲を深められた二日後。五芒星は全員陛下に呼び出されました。

 内容としてはタイミングが良かったのか悪かったのか……付き合うことには成功したし、デートもできた。

 そして、どうあっても大勢の五芒星が出張ることになったでしょうからそこまで悪い結果ではないんでしょうね。

 ですが答えとしては非常に簡潔。


 メルフェデス殿とアーリデ殿は今の領土の真北の国であるクルスト侯国に攻め込め、メタトロン殿は東国を牽制しろ、俺と五芒星の最後の一人である翠瞥将軍ブルムガーズ殿は都で待機とのことでした。


 アーリデ殿と恋人になった直後に離れ離れになったのは辛いですけど、職務を放棄する理由にはなりません。

 勇者と神々を排除できない限り安寧は来ませんからね。

 それに、史実の姿を見たり、噂を聞く限りあんまり関わりたくない人物のようですが……最も関わりが少ない五芒星と関われるチャンスでもあります。

 強者であるのは間違いないのでどのみち関わらなければなりません。


 向こうの側もこちらにそれなりの興味を持っていたようで、屋敷に来てくれないかと誘いをかけられました。

 性格を鑑みるに不安ではありましたが……実力も持っているし、最悪の事態を回避するすべも持っていますから、受け入れました。


 そして、今はブルムガーズ殿の屋敷にいるわけですが……。


「これは……なかなかに凄まじいですね」


 メイドに案内されながら屋敷の中を歩きます。

 あちらこちらが金色に装飾されていて、使用人も皆美女。

 どこから手に入れたのか、着飾られた人間の少女や人型の魔物の女の子までいました。


 魔物の方は……明らかにそういう用途でしょうし、種族もあって本人も不満そうなところはありませんね。

 ですが人間の方はちょっと読めません。何かしらの不満があるみたいですけど、この屋敷にいることや主があのブルムガーズ殿であることに不満があるかどうかがちょっと読み取れません。

 そこまで特殊な力を持った子ではないみたいですから、読み取れないということはつまりそういった不満はないということなんでしょうけど、不思議ですね。


 魔界において人間は珍しいですし、基本的に弱いし寿命も短い。容姿も平均値において魔族に劣っている。

 よほど人間を嫌悪していたり蔑んでいたり羨んでいる人でも飼うことはないはずなんですが……。

 ……あ、あのイベントの女性ですか。

 なるほど。それならば不満があまりないのも納得できます。


 裏側は殆ど知らないのでまだなんとも言えないですけど、放っておいてもいいでしょう。

 そもそも干渉する権利なんてありませんし。


 思考を高速で終えて、屋敷を更に見渡す。

 金ピカ派手すぎて趣味は悪いけど、だからこその美というものが感じられますね。


「ふふ、この屋敷以外に住む女性にとってはあまり心地の良い空間ではないでしょう?」


 俺を案内してくれているメイドの美女が苦笑いしながら問いかけてきました。


「そうですね。多少は危機感というものを覚えざるを得ません」


「言葉を濁さないんですのね」


「濁す意味もありませんから」


「随分な自信家なようで……。ただ、我らが主は少し癖の強いお方ですので、少し覚悟していったほうがよろしいかと。もちろん、何かをするといったことはありません。無理やりというのは主の流儀ではありませんので。……ですが、やはり癖が強いと言わざるを得ませんからねぇ」


 なんとなくは知っています。


 そのまま応接室に案内されました。豪奢な調度品が置かれています。

 下品な輝きを放ってはいますが、やはり質は良い。

 

 そして今目の前にいる人物は、世間で語られている人物像と史実における人物像からさほど離れてはいませんでした。


「ハーハッハッハ!よくぞ我が城に来てくれた、極星将軍よ」


 横に広い体型ながらも、かなりの筋肉質で灰色の肌をした魔族。

 あそこまでではありませんが、どこか力士を想像させます。 

 ブルムガーズ殿が目の前にいました。


「お招きいただき感謝します。ブルムガーズ殿」


「いや、ワシも貴殿とは会いたかったのだ。……しかし、やはり美しいな。いかなる美姫も貴殿には及ぶまい。その姿はまさに美の神だ」


「それはどうも、評価いただきありがたく思います」


 口説かれましたが、男には興味ないですしそもそも己の容姿への評価はもっと高いですから。

 美の神という程度の形容詞で褒めたつもりになるなど笑止です。


「……と言った風に口説こうと思っていたのだがな。貴殿からはどうもワシと似た匂いがするな」


「……それは?」


 しかし、次の言葉は予想もしていないものでした。

 口説き文句ではない?圧倒されたわけでもない?敵意を見せるわけでもない?

 友好的ではありますが、好色な笑みは薄まっていました。


「隠さずとも良い。良い趣味をしているようだな。どうにも千刃将軍を射止めたようだな?それは聞いたとも。良く知っている。それだけでも趣味が良いと言ってやりたい。……が、本題はそこではない」


 ブルムガーズ殿は楽しそうに酒を飲んでから、言葉を発します。


「貴殿、なかなかに好色なようだな?千刃将軍だけではとどまらず、おなごを次から次へと己のものにしようとしておる。そしてそれをなすための自信に満ちておる」


 実際にはアーリデ殿の前でザコな姿をさらしてしまったわけですがね。

 今この時点でそういう気配をまとっているかと言われたら……流石に違うような。

 でも、否定はできません。


「まあ、否定はしません」


「ワシと同じだと思った。同志だとな。だが、決定的にワシを上回っているところが貴殿にはある。……わかるか?」


「……どこらへんでしょうか?まったくわかりませんね。強さとかでしょうか?」


 テンションと言っていることの下世話さに疲れてきましたが、せっかく相手が好感を持ってくれているのにそれを無下にする意味はない。

 強さを引き合いに出したのも、ブルムガーズ殿がそれより重きをおいている概念を知っているから。

 それは色好みと贅沢、豪遊。

 強さという価値観がそれを上回ることはないはずです。


「いやいや、ワシのほうが強いだろうよ。だが、たとえワシより圧倒的に強かったとしても、そこには興味は覚えん」


 本格的にわかりません。

 なにが彼のテンションをここまで引き上げているのか……。


「貴殿は女の身でありながら、女だらけのハーレムを作ろうとしておる!ワシとて女として生まれたらそうはなれなかっただろう!いや、なれたかもしれんが、女を落とすまでは行けなかっただろうな。一人も落とせずに寂しく独り身人生を過ごしておっただろう。人間的魅力というものがワシにはないからな。だから、そこで色好みとして負けたと感じたのだ」


「……なるほど。理屈としてはわかりました」


 俺の場合は色々と事情があるからこうなったわけですが、ブルムガーズ殿が知るわけもない。

 今ここで否定しても信じられないだろうし、あまり多くを話す気もありません。

 ……この勘違いは上手く利用したいところですね。

 力を示しても他の価値観を最も大事にしているならあまり意味がないですから。


「だから……ワシから貴殿に惚れただのという感情が消し飛び、ただ先陣を征く者への尊敬のみが残ったのだ。ううむ、おなごに頼むのは恥ではあるのだが……。頼む、おなごの真っ当な落とし方を教えてくれぬか?」


 ……?この屋敷にはそこらへんにブルムガーズ殿の愛妾がいるのでは?

 訝しげにしていると、次の言葉が飛んできました。

 

「できれば、その上でハーレムを経営する手腕も教えて欲しい!ワシには力を示したり、悲惨な境遇にある娘を引き取ったりなどという、弱い男の取る術しかわからんのだ。だから……なんというか、相手の気持ちを読み取るすべを知らぬから求めていることがわからない。いつ手を出していいかも、よほどわかりやすくなければ知れんのだ。ワシだってこのような手だけではなく、真っ当に絆を育んだ後にハーレムを築きたい!頼む、同じ好色家としてそこらのことを教示してくだされ、古の覇王よ!」


 なるほど……。敬語を使うくらいに切迫した事情だと。

 本人的には大問題なのだと。


「言いたいことはわかりました」


「おお、では!?」


「そんなこと自分でなんとかしてくださいよ!あと一応、俺だって女の子なんですからね?そんな事言われたらドン引きでしかありませんよ。なんなら、とてつもない圧を感じて身の危険を感じてしまいます」


「こ、これは申し訳ありませんでした……師匠」


 師匠……覇王と呼んでくれるのは嬉しいんですけど、ハーレム王としての師匠というのは不名誉が過ぎます。

 それにですね。

 この方はこういう事を言っても違和感はないのですが、もっと傍若無人で酒池肉林!って感じの人物だと思っていたのでびっくりですよ。


「ですが、一つだけアドバイスを送るなら……その前に一つ確認を。人間の女の子って、この屋敷には一人しかいませんよね?」


「あ、ああ……そうでございますが……あの娘がなにか?」


「あの子と接していればそのうち分かるかもしれませんよ。見た限り、あまり遠慮しないタイプみたいですし、相性も良さそうです。将軍にとって大切な存在になるでしょうし、良い練習相手にもなってくれると思います」


 あの子はおそらく史実のクリア後ミニイベントにおいて登場した人物です。

 ブルムガーズ殿を強く強く慕っていて、でもなぜか手を出してくることがないまま生きていくこととなり、そのまま勇者一行に主が殺されたことで人間の街で暮らすことになって、でも魔界のことしか知らないし主も死んだからと死ぬことを目指して……なんやかんやあって主人公たちにちょっとした救いを与えられるみたいな感じでした。


 史実では好色で見た目も悪くてあまり強くもなく、中途半端な計略によって主人公たちを追い詰めたものの余裕で倒される四天王ブルムガーズ。

 そんな人物のちょっとした良いところが明かされるというイベントでしかありませんでしたが……イベントにおける彼女とさきほど眼でみた彼女には強く重なるものがありました。

 ハーレムの最初の一歩としては良い相手でしょう。

 人間卒業させて魔族にしてしまえば、寿命もかなり持つでしょう。

 ブルムガーズ殿自身の手で行うのならばなおさら。

 流石に五芒星である将軍ほど長くは生きることはできないでしょうけどね。

 どのみち、他の魔族でも同じです。それらより長く生きられるのならパートナーとして最適でしょう。


「なるほど……あまりにも不憫であったゆえ、逆にどうしようか迷っておったのですが……それならば、試してみましょう。感謝します、師匠……!!!」


 それから他愛もない世間話をして、屋敷を去りました。

 クセが強いし、見た目からしてハーレム目指してる好色漢という説得力ありありな人物なのに実はコミュ障気味とかとんでもないですね。

 これなら、なかなかの策を練れるのに二の矢三の矢がないことにも納得です。

 正直疲れましたよ。


 まさか師匠扱いされるとは……やっていることがやっていることなので仕方ないのかもしれませんが、不名誉です。


 まあ、生まれつきコミュニケーション能力がなかったと言うよりは強すぎる願望と高すぎる実力のせいでああなったようですのでなんとかなるでしょう。


 ……あの人とはあんまり関わらないようにしましょうか。

 身の危険は既に完全に消え去りました。しかし、ハーレム王としての師匠扱いされるのは本気で嫌です。

 ……どうしましょうか。何かしら吹聴されまくって、ブルムガーズ殿を上回るレズハーレム女王とか言われたら。


 想像しただけで身が震えてしまいます。……流石にないですよね?

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