【KAC20242】魔王様、内見の時間です!

斜偲泳(ななしの えい)

第1話 この魔王城勇者来すぎだろ

「はっはっは! 弱小勇者が! その程度の実力で我に挑もうとは百年早いわ! レベリングをして出直して参れ!」


 魔王の破滅的な魔法を受け、勇者一行は全滅した。


 神々の加護により、勇者一行の死体は眩い光に包まれ、次の瞬間には彼らが最後に祝福を受けた教会へと転送される。


 一人残された魔王は疲れた溜息と共に玉座へと腰を下ろした。


 そこは魔王城上層。


 勇者の為に設えた謁見の間である。


 禍々しくも荘厳な広間は激しい戦闘の余波を受けて無残な姿を晒している。


 が、それもつかの間の事。


 こうしている間にも壁の穴は塞がり、焼けた絨毯は再生し、砕けた柱は元通り。


 驚く事は何もない。


 古今東西、魔王城に乗り込んできた愚かな勇者一行共を歓迎するのは魔王の仕事の一つである。


 その為に用意された謁見の間にはこの通り、自己修復機能が備えられている。


 かなり高価な魔法ではあるが、勇者共の相手をする度に後片付けをするメイドや財政を担当する大臣に嫌味を言われるよりはマシである。


 なにせ勇者は一人ではない。


 何人いるのか数えるのもバカらしい程沢山いる。


 その上殺しても教会送りになるだけですぐに復活して再戦を挑んでくる。


 今日だって昼前だというのに三組目だ。


「お疲れ様です魔王様」


 影の中から生えだすように現れたのはメイド服に身を包んだ美しい黒髪のサキュバスである。


 彼女は四天王の一人にしてメイド長を務めている。


 魔王は銀のトレーから頭蓋骨を逆さにしたような杯を受け取ると中のお茶をズズズッと啜る。


 魔王は哀愁の漂う吐息を一つ漏らした。


「メイド長、我は疲れた……」

「そうですか。大変ですね。それでは私は仕事がありますので」

「待て待て待て!」


 影の中に沈もうとするメイド長を引き留める。


「適当にあしらわないでくれ!? こういう時はどうしましたか? お話聞きましょうか? とか言うものだろ!?」

「私はメイド長であってキャバ嬢ではありませんので」

「魔王のメンタルケアもメイド長の仕事の内だと思うんだが……」

「チッ」

「舌打ち!? 我そんなに嫌われてる!?」

「むしろ今まで好かれてると思ってたんですか?」


 冷え冷えとした目を向けられて金色の魔王の目に涙が滲む。


「……我、魔王やめる! 実家帰る!」

「うそうそ。冗談ですよ魔王様。ちょっとしたサプライズです」

「嬉しくないし! プレゼントみたいに言わないで欲しいんだが!?」

「以前魔王様のお部屋を掃除した際にドSメイドの罵倒音声を収録した魔導具がありましたのでそういうのがお好きなのかと」

「好きだけど! リアルでやられるのは違うって言うかなんで見つけちゃったの!? ベッドの下に隠してたのに!?」

「そんな事言われてもベッドの下とか普通に掃除機かけますし」

「あ、はい……」


 ひゅ~るるる。


 閉ざされた謁見の間に冷たい風が吹く。


 気まずい沈黙が暫し続くと。


「それでドM趣味の魔王様はどうしてお疲れなんですか?」

「気を取り直すならそこ擦らないでくれるかなぁ!?」

「お好きなのかと思って」

「嫌いではないですけど……」


 口の中でもごもご言うと、今度こそ魔王は本題に入った。


「勇者どものせいだ! 最近あいつ等多すぎないか!?」

「春ですからね~」

「そういうもん!?」

「旅をするなら夏や冬より春の方がなにかと都合も良いでしょう」

「そりゃそうだろうけども……。とにかく! 我はもう疲れた! 毎日毎日朝から晩まで勇者の相手では身も心も休まらん! というか仕事にならん!」

「ご安心ください。その辺は我ら四天王が上手い事やっておりますので」

「だから心配なの! 君達我が忙しいのを良い事に勝手に予算使ってるでしょ!? 無駄に凝ったダンジョン作ったり高価な専用装備作ったり!」

「本当、困りますよね~」

「君もだよ!? 勝手に魔王城改築してるの知ってるんだからね!」

「お言葉ですが魔王様。あれは全て魔王様の為なのです。勇者共は神々の加護で復活して再戦を挑んで来ますから。小まめに魔王城の構造を変えないと簡単に謁見の間まで侵入されてしまいます。罠の配置換えや変更も欠かせません」

「それはそうだが……。キッチンやトイレを最新の魔導機械に変える必要はないと思うんだが……」


 メイド長は小首を傾げて暫し沈黙した。


 そしてポンと掌を叩く。


「美味しい料理と綺麗なトイレは魔王様を守る配下の魔物のモチベーションアップに繋がります」

「その前の長考がなかったら説得力あったんだけどなぁ……」

「そもそも勇者に挑まれるのは魔王の定めかと」

「いやそうなんだけどさぁ。それにしたって多すぎというか。もうちょっとどうにかならないものかと」

「この魔王城、周辺に生息する魔物は弱いし周りも平地で簡単にアクセスできますからね」

「そこなんだよなぁ。こんな事ならケチらないで毒沼に囲まれてるとか即死魔法使うえげつない魔物が湧くような辺境の城を買えばよかった……」


 彼は魔界よりこの地を征服しに来た魔王の一人である。


 この世界には彼の他にも似たような魔王が沢山いて、この魔王城はそんな魔王の一人が建てた中古物件だった。


 初めての世界征服という事で手頃な値段の魔王城を選んだのだが、どうやら失敗だったらしい。


「でしたらいっそ引っ越しますか?」


 メイド長が気軽に言う。


 魔王はう~んと長考し。


「やっぱりそれしかないか」


 と結論する。


「では魔王様。早速次なる魔王城の候補を選び、内見の予約を入れましょう」


 パチンとメイド長が指を鳴らす。


 影の中から禁断の魔導書みたいに分厚い魔王城情報誌が飛び出して魔王の手元に収まった。





つづく

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