第76話 悲しい言葉
ボーギャック襲撃によって荒らされた王都も、一日でも早く元の美しい街を取り戻すのだと、兵や民を問わずに瓦礫の撤去や、壊れた家屋の修復に、多くの者たちが協力し、助け合っていた。
そんな中で……
「「「「せい! た! えい! やっ! せい! やっ! てい! やっ! どうですか、師範!」」」」
「もっとでござる! 気合いでござる! 声を、気持ちを込めて打つでござる! うむ、その振りはなかなか!」
「では、教えましょう。魔法の基礎的な知識から学校では学べないエロスの―――」
「「「「はい、せんせー!!」」」」
魔界の未来を担う子供たち。ネオ魔王軍は訓練に励んでいた。
その様子を大人たちは何事かと笑っていた。
「おいおい、なんだ~ありゃ。貴族の坊ちゃんたちに、あのジェニって子もいるけど、何の遊びだ?」
「訓練……だって。ほら、あそこに……昨日の、クローナ姫様の所にいた剣士とメイドの……」
「え? あの二人が指導してるのか?」
「なんか、そういう話になったみたいよ?」
そう、強くなるための訓練。その指導を、ジェニの監視役として隠れてついてきていたザンディレとプシィがいつの間にか加わっていたのだった。
「んふ~、プシィ、ザンお姉ちゃん、ありがと」
「いえいえ、ジェニ殿のお仲間の師範に任命されたこと、このプシィ、心より光栄にございまする!」
「みな血筋もよければ筋も良い……今のうちに仕込んでおけば、将来的には姫様と婿殿のお役に立つでしょうしね」
陰でコッソリ見守るだけ……だったはずが、ジェニに見つかり、そしてプシィとザンディレも昨日のボーギャック達との戦いで活躍していたのを知っていたヒートたちは、自分たちも強くなりたいと弟子入り志願。
本来は貴族であり、魔王軍の中でも将としての役職に就いているシンユーやマイトの子たちに勝手に誰かが指導するというのは、礼儀やしがらみ的にも普通は遠慮するところだが、何のしがらみもない二人は、むしろ喜んでと引き受けたのだった。
「へへ、俺らもどんどん強くなって、そんでネオ魔王軍の名前を戦場に轟かせるんだー!」
「早く強くなって、皆に僕たちを認めさせよう」
そして、子供たちもまた力ある大人たちからの指導に胸を躍らせていた。
そんな様子を大人たちは苦笑しながらも、どこか温かい眼差しで眺めていた。
「ちっ、ガキが……何が戦争だっつーんだ……軽々しく言いやがって」
子供たちの姿に舌打ちする大人の呟きが聞こえた。
そこには……
「あっ!」
その人物を見て、ジェニが声を上げ、飛行で一気に飛び寄った。
「おじさん、だいじょーぶ? けが、へいき?」
「ぬっ、な、なんだよ、別に何でもねーよ」
そこには、身体に痛々しい包帯を巻きながらもレストランの開店準備なのか、大量の野菜や肉を載せた荷車を運んでいる、ホブゴブリンのヤオジが居た。
飛んできたジェニが心配そうにヤオジの傷をペタペタ触るが、その距離感にヤオジもタジタジになる。
そして、そんなジェニとヤオジに気づき、子供たちもヤオジに向かう。
「あ、あのオジサン、昨日のヒトだ!」
「ボーギャックにタックルしたオジサンだ!」
「ジェニちゃんのお兄ちゃんを助けた人だよね!」
「オジサン、それ運ぶなら僕たちお手伝いしますよ?」
目を輝かせ、訓練途中なのに駆け寄る子供たち。
そう、確かにボーギャックたちを倒し、戦いで活躍したのは、エルセ、ジェニ、プシィ、ザンディレ、そしてクローナの檄である。
「これ、童たち……やれやれ、でござるな」
「ふ、まあ構わぬ。婿殿を救った英雄なのだからな」
そんなエルセを救ったのは紛れもなくヤオジであることは誰もが知っており、ましてやボーギャックに勇敢に立ち向かった姿は、子供たちからすればヤオジもヒーローの一人でもあった。
「ええい、うっとーしーなァ! 俺ぁ忙しいんだ、あっち行って遊んでろ!」
「それ運ぶの? やったげる。私、重いの運ぶの得意」
「あ? 別に、うおっ、浮いたァ?」
「んふー、役に立つでしょ、私」
そして、ジェニにとっては「エルセの命を救った」ということはこれ以上のない恩であり、そしてヤオジも口は悪いが実は悪い奴ではないと純粋な目で見抜いていたこともあり、心を開いていたのだ。
「ったく、ガキは仕事も訓練もしないで、遊んでりゃいいんだよ……」
「いいの。オジサン、エルお兄ちゃんを助けてくれた。だから恩返し」
「それ言うなら、俺はもうお前に魔法で命を助けてもらっただろうが」
「いーの」
そう言って、ジェニはヤオジと並び、そしてヒートたちも荷物の一部を抱えてヤオジの周りをチョロチョロした。
「どうも、御主人。昨日は拙者の親分をお救い下さり、改めてありがとうございます。拙者、このご恩は忘れないでござる!」
「クローナ様の婿をお救い下さった恩は近々改めて御礼に……」
「だからイイっての! 俺は助けたというより、またあのクソガキをぶん殴るためにだなァ……あ~ったくぅ!」
息子が戦争で死んでから、街の者たちもヤオジを気遣ってソッとしているところもあったが、こうして誰かが無遠慮に近づくことに少しハラハラするも、どこか雰囲気がこれまでと違い、少し照れくさそうなヤオジの顔つきに……
「で、おいチビッ子……兄貴の方はどーなんだ?」
「まだ動けない。今、まだベッド」
「そーかい……ま、どっちでもいーけどよぉ」
「気になるの?」
「気にならねえよ、別にィ!」
そして、どこか温かい雰囲気に囲まれているヤオジに、街の者たちも少しホッとしていた。
「で、お前は……ネオ魔王軍だっけか? に入ってんのか。兄貴はお姫様と……んで、妹は魔王軍とはな……人間なのになんか、変なことになってんな」
思わず、そう愚痴るヤオジ。
するとジェニは……
「ねえ、おじさん。エルお兄ちゃんも私も人間。だけど、クロお姉ちゃん大好き。プシィもザンお姉ちゃんも好き。でも、これってフツーじゃないの?」
「……ああ……フツーじゃねえな。人間と魔族。種族が違ぇから」
「種族が違うとダメなの? ヒートたちとも仲良くなれたよ? 人間と魔族って何が違うの?」
「何がって……そりゃァ全然、根本的に……」
それは幼く、世間も歴史も何も知らないジェニだからこその純粋で、しかし確信を突くような問だった。
何が違うのか?
その質問にヤオジは「全然違う」と即答しようとした。
生物としての身体の作りから、文化やら、上げたらきりがないほど人間と魔族は根本的に違う。
エルセとジェニが今、クローナを中心としてうまくいっているのは奇跡みたいなものなのである。
ジェニがこうしてヒートたちに疑問なく受け入れられているのも、お互いがまだ子供だから。
「根本的に……いや……」
だから、人間と魔族は違うのだ。根本的に……
「ほんとは……違いなんてねーさ……ただ……大昔に生きていた、俺みてーな臆病な奴らが作った、ただの悲しい言葉だよ」
「ん~? オジサン、勇気あるでしょ?」
「あ~……ったく……上手く言えねーなァ、もう」
自分で言ったことをヤオジも訳が分からないないと、少し恥ずかしくなり、誤魔化すように頭を掻きむしった。
「おい、オメー、それにガキどもも訓練してて腹減ったか? 俺ァ、お前ら弟妹に借りは作らねえ……だから、手伝ってもらった報酬だ……メシ、食ってけ」
「「「「「おーッッ!!!!」」」」」
「ただ、あんま期待すんじゃねえぞ! 味の分からねえ飲んだくれたちが食ってるようなメシだ! 貴族の坊ちゃん嬢ちゃん、お姫様の食事を食ってるようなガキの口に合うか分かんねえけど、文句言うなよなァ!」
ヤオジの言葉に子供たちは一斉に目を輝かせる。
そのキラキラとした視線に耐え切れず、またヤオジは恥ずかしそうにソッポ向いた。
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