第55話 助ける理由

 エルセの肉体活性は自身を100倍強化する。

 ボーギャックの肉体活性は自身を10倍強化する。

 それが示すのはエルセの方が「才能」はあるということである。

 ボーギャックは元々が努力型で力をつけたものであり、肉体活性自体は10倍が限界である。

 しかし、ボーギャックがエルセより弱いというわけではない。

 それは、肉体活性を使わない場合の基となる「素の力」である。

 その力はエルセよりも圧倒的にボーギャックの方が上である。

 その力は仮にエルセの素の力を100倍にしたところで、ボーギャックの素の力を10倍にした力よりも―――


「疾きこと――――」

「遅いわァァ!!」

「なっ!? 初動を掴まれッ!?」


 パワーも、スピードも、魔力も、そして何十年も最前線で戦い続けた経験値。

 全てにおいてボーギャックがエルセを上回っていた。

 今もエルセの高速の風の動き出しに対して、事前にエルセの動きを先読みしたうえで、エルセの足を掴み取り、そのまま地面に容赦なく叩きつけた。


「ずおおおりゃあ、ぞうりゃあああああ!」

「ぐっ、が、っああ!? ッ……山ァ!」


 頭から何度も地面に叩きつける。エルセは咄嗟に全身を硬質化する山の力を使って防ごうとする。

 しかし、その圧倒的なパワーで叩きつけられる威力は、硬質化状態のエルセの体内に痛みを蓄積していく。


「そんな防御でいつまで堪えきれるか……いや、そんな時間はかけぬッ! ブレイクバイブレード!」


 叩きつけても堪えるエルセに対し、ボーギャックは片手に持った大剣にまた別の魔法を発動させる。

 刀身が激しく震える剣。

 エルセは思わずハッとした。


(全身が砕かれる!?)


 硬質化など関係なく攻撃を貫通し、自分の全身は砕かれるのだと瞬時に感じ取った。

 受けるのは不可。

 ならば……


「林の如くッ!」

「おっ!? おお、おおお! 器用! しかし―――」


 片足首を掴まれ、逃げられない状況下で、エルセは上体反らしだけで、ボーギャックの突きをギリギリで、紙一重で受け流していく。

 僅か紙一重違えば全身が砕かれるもの。

 僅かに触れただけでエルセの肉体の皮が削られていく。血が飛び散る。

 しかし、それでも致命傷だけは避け続ける。

 だが……


「ぜいいいっ!」

「ぶほっおお!?」


 今度はまた再び、エルセの足首を持ったままボーギャックはエルセの頭と背中を地面に叩きつける。

 これは受け流せない。

 衝撃の全てがエルセの全身に痛みとなって駆け巡った。


「が、ああああ、ああがああああ!?」

「ふふ、器用に風、火の攻撃を織り交ぜて、防御や回避は硬質化と受け流しで実に器用。しかし……同時にやることはできぬようだなァ!」


 そう、エルセの風林火山は同時に発動はできない。

 鍛えればいつかできるようになるかもしれない。

 だが、まだ未熟で実戦経験も乏しいエルセには、そこまでの修業まで達していなかったのだった。


(つ、ツエー……クズ野郎だけど、強さは本物だ……これが兄さんたちのいた領域の……人類の筆頭)


 自分の力が通用しない。

 クンターレ王国での大暴れで多少なりとも自分の力に自信を持ったエルセだったが、相手は人類最強。

 力も経験も全て桁違いだった。

 だが……

 

(風林火山は通用しねえ……なら……使うしかねえ、『雷』を……まだ未完成……反動で体がメチャクチャにぶっ壊れるかもしれねえ……だけど、これが通用しなければどっちにしろ死ぬ……だから、やるしかねえ!)


 エルセの目はまだ死んでなかった。

 まだ、全てを出し切っていたわけではなく、残された手があったからだ。

 それは自身の身体に強い負担とリスクを強いる技。

 先日、キハクに使おうとしたときは不発となってしまったが、今ここでやるしかないと決意。

 一方で……


(目が死んでおらん。何がまだ縋る力がある、奥の手があるということか……だが!)


 ボーギャックもまたエルセの様子からそのことを見抜いていた。

 その上で、ボーギャックも即決する。


(才能ある若者の更なる奥の手……本来なら見せてみよとむしろ受けてやるところだが……もうそういう状況ではない! 今、必要なのは最低限のノルマ!)


 そして……



「動くこと―――――」


「させぬわァ!」


「ぶっ!?」



 エルセが倒れながらも技を発動しようとした瞬間、ボーギャックはエルセの腹を思いっきり踏みつけ、技の発動を潰した。


「ごぶっ、ご、あああががあああああああ!?」


 腹を潰し、ついでに肋骨も砕かれ、激しい激痛でエルセは吐血しながら呻き声を上げる。


「い、いけない、少年ッ! ぐっ、誰か、その少年を……ッ……」


 ボロボロのガウルが思わず叫び、部下たちにエルセを助けるように叫ぼうとしたが、ハッとした。

 

(助けろ? 彼を? テラの弟を守るために命を危険にさらしてでもボーギャックに立ち向かえと……そんな命令を誰が……)


 そう、エルセはクローナにとっては家族。

 だが、魔界の民からすれば仇敵の身内である人間。

 そんな人間を守るために命を犠牲にしろなどと、ガウルに言えるはずがなかった。

 助ける理由が――――



「すまぬな、小僧。もう苦しまずに――――――」


「ぐっ、そ、おおおおおお!」


 

 そして、エルセにとどめを刺そうとボーギャックが剣を振り下ろそうとした。





 その時だった!



「や、やめろおおおおおおおおおお!」



 それは、誰もが予想もしていなかった。



「なんだァッ!?」


「……え?」


 

 エルセが殺される寸前、クローナでもなく、ジェニでもザンディレでもプシィでもなく、エルセを救うために危険を承知で一人の「男」がボーギャックに飛び掛かった。


 そして、その男の行動にその場にいた魔族全員が目を疑った。



 ソレは本来であればこの魔界、そしてこの王都の中で、もっともエルセを救うはずのない男だったからだ。




「そいつはァ、明日も俺が殴るって約束したんだよぉ! 勝手に殺すんじゃねえぇ!」



 

 一人の「ホブゴブリン」がボーギャックにタックルしてエルセから引き離して止めた。

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