第52話 天賦

「ぶっとばすぶっとべぶっとばすぶっとべーっ!!」

「くっ、たまらん……が……闇雲に撃ったところで、儂には当たらぬわ!」


 魔界の空で繰り広げられる、シュウサイとジェニの戦い。

 ジェニが押せ押せで魔力玉を連射してシュウサイを狙う。


「ふわふわ追いかけっこッ!」


 魔力玉を回避し続けるシュウサイに対し、ジェニも連射するだけではなく、時には回避された魔力玉を浮遊魔法で戻して背後や斜めから再び攻撃したりと休む魔も与えない。

 だが、そのあまりの単純な攻撃にシュウサイは徐々に余裕を取り戻していく。


「ふはははは、やはり経験不足じゃのう! いかに膨大な魔力や技術を持とうと、戦闘経験が足りぬ。儂には貴様が次にどのように操り攻撃してくるかの先読みが容易じゃ!」


 そう、ジェニの攻撃には驚くものの、ジェニの戦闘の仕方自体は完全に魔力任せの力押しである。

 工夫もなく、小細工をしたところでその考えなどをシュウサイは先読みする。

 そのため、シュウサイは未だに一度も被弾していない。



「見せてくれよう! 雷! 風! 合成魔法ッ! サンダーストームッ!」


「さんだーすとーむ!」



 シュウサイが素早く魔法を発動。しかも、異なる属性の魔法を掛け合わせた高等技術。

 しかし、それもジェニは見ただけで真似し、同規模の魔法を放つ。



「ほっ! 見ただけで合成魔法を……まったく恐ろしすぎるわい! この領域の魔法を儂が使えるようになったの30代になってからだというのに……じゃがッ!」


「ん?」



 互いに大魔法をぶつけ合い、眩い閃光が弾けてジェニから視界を奪う。


「見た魔法を真似るのであれば、見せなければ良いだけの話!」

「ッ!?」

「風に、氷も加えてくれる!」


 不気荒れる雷嵐の中に、シュウサイは素早く氷の魔法を加える。

 すると激しい風に吹かれて勢いを増した無数の雹が一斉にジェニに襲い掛かる。


「ま、まずいです、ジェニ! 逃げてぇ!」


 地上から血相を変えてクローナが叫ぶ。

 だが、見えなくてもジェニはあえて言う。


「ん、大丈夫! ふわふわアッチいけーっ!」


 そこでジェニの念力魔法を発動。

 ジェニに襲い掛かるあらゆる攻撃を念力フィールドで拒絶する。



「ほっ、これまた器用な! じゃが! 視界を塞ぐのは有効と分かった今、容赦はせん! 荒れ狂う天変地異よ、今度は全てを覆い尽くす嵐となれ! ホワイトストームッ!!」


「ッ、わ、わわ……」



 今度は嵐を改良し、全ての視界を塞ぐような、白き嵐をシュウサイは展開し、ジェニの周囲全ての視界を奪う。


「うう、どこ? どこ! どこ!」


 見えない。

 敵はどこにいる? どこから攻撃が来る?

 そのとき、視界ゼロの中でジェニは何かに気づいた。



「っ、何? くちゃい……」



 鼻に感じる何かの匂い。

 それにジェニが気づいたとき、白い嵐の中でシュウサイが……



「ガスじゃ。そして、激しく爆ぜよ!」


「わっ!?」


「エクスプロージョンッ!!」



 空を埋め尽くすほどの大爆発。

 赤く染まる魔界の空に、民たちは顔を青くし、そしてクローナはガタガタと震えながら涙を目に浮かべる。



「そ、そんな、ジェニ!? いやああ、ジェニが、ジェニがッ!?」



 これほどの大爆発。いかにジェニとてタダではすまない。


「し、死んじまったのか……ガキ」

「ひ、ひでえ、いくらなんでも……」

「あのジジイ、子供になんてことを!」


 幼いジェニ相手に一切の手加減も無し。

 爆炎の中から姿を見せるシュウサイに向けて、誰もが怒りを覚える。

 しかし……



「ふん。何が子供じゃ。手なんて抜けるか。アレはどう見ても子供の皮を被った……ん?」



 そのとき、シュウサイはハッとした。

 そして爆炎を睨みつけて身構える。

 すると……



「ううう……あちゅい……いたいイ……うう……うう……」



 服を焦がし、手足に火傷を負っている……だが、それでもジェニは自身を念力魔法の出力を最大にして守ったのだ。

 見えない攻撃でも、本能でそうやって身を守るようにジェニが判断した。

 その結果、怪我を負うも、ジェニは生きていた。



「ジェニ~、よかった……よかった……ジェニ」


 

 無傷ではないが、それでもジェニは生きていた。そのことに膝から崩れ落ちながら、安堵するクローナ。

 そして、同時に絶望や怒りに満ちていた民たちも笑みを浮かべて声を上げる。


「す、すげええ、生きてるぞ、あの子!」

「あんな小さいからで……すごい、なんて子なの!?」

「と、とんでもねえ、とんでもねえやつだ!」

「ぬおおおお、流石はジェニ殿、親分の妹でござる! うおおおお、よかったでござるううう!」


 そう、誰もが心を奪われた。

 八勇将の容赦ない攻撃を、小さな少女が真っ向から受け、そして耐え抜いた。

 ジェニが人間だとか、仇敵であるテラの妹だとか関係なかった。

 その場にいた魔族は全て、ジェニの生存を安堵していたのだった。


「あの一瞬で更に魔力シールドの出力を上げて防ぐとは……しかもその程度の怪我……やはりとてつもないのう、小娘よ」


 一方でジェニの無事に驚くシュウサイだが、その表情はどこか嬉しそうにも見えた。


「何十年以上と魔導の道を歩み、気づけば横に並び立つ者は人類にはおらんと思っておったが……これほどの才能がこの世に生まれていたとは驚きじゃわい。魔法に関してならば、間違いなくそなたは、帝国の神童でもあるラストノ王子を遥かに凌ぐ。そして、だからこそ惜しい。惜しすぎるぞ、小娘……いや、ジェニよ。」


 そう、それは一人の魔導士として、ジェニの持つ圧倒的な才能に高揚しているからだ。



「だからこそ提案する。おぬしと兄を儂の全権限を持って保護するというのは?」


「……?」


「クンターレ王国のことがあるゆえ、最低限の名前や身分は変えてもらうことになるが、どうじゃ? 全てを変えて、新しい人生を儂の下で歩んでみぬか?」



 それは、何の裏や企みがあるわけではない。

 人類最強の魔導士として、シュウサイは本当にジェニの才能を惜しみ、その上で育てたいと思った。



「弟子にしてやってもよいぞ? ジェニ」


「いらない」


「……ぬっ……」



 本来、魔法の道を志す者であれば、シュウサイの弟子になるということはとてつもない名誉である。

 これまでもまた、世界各地の人類がその下で学びたいと足しげく通い、頭を下げ、しかしそれでもシュウサイは滅多に弟子を取ることがなかった。

 だからこそ、シュウサイ自らが弟子にしようと勧誘するのは、とてつもない出来事なのである。

 しかし、そんなことジェニには全く分からない。

 それどころか興味が沸かない。



「私はエルお兄ちゃんと、クロお姉ちゃんたちと一緒に暮らすの。お前なんか嫌だ。嫌い」



 と、思ったままの気持ちをジェニはシュウサイに即答したのだった。



「ジェニ……あの子ったら……」


 

 そんなやりとりを、クローナは涙目に鳴りながらも、胸を温かくしながら聞いていた。

 人と魔族という種族など関係なく、ジェニは自分たちを選んでくれたことが心から嬉しかった。



「嘆かわしい……実に……だが、ここで生かせば紛れもなく人類にとっては最悪の脅威! 惜しいが、消してくれる!」



 一方で、シュウサイは嘆きながらも勧誘が無理だと分かった今、改めてジェニを葬り去ろうと全身に魔力を漲らせる。



「これは真似できまい! 雷・風・火!! 異なる属性の魔法同志を掛け合わせる合成魔法……その領域を超え、新たなる属性を創世する! この世で儂だけが辿り着いた極み! 魔導創世極致―――――」


「ふーん……そうやればいいんだ……こうやって……こうやって……あっ、できた」


「……は?」


「だから、こうしちゃえば……あっ、もう一個足せそう……じゃあ、氷……もう一個ぐらいできそう……じゃあ、岩でいいや」


「は?! い、いやいやいやや、な、は?!? はあ!?」



 優れた才能と修練の果てに、一部の超一流の魔導士が辿り着く、異なる二つの属性の魔法をかけ合わせることで新たなる魔法を生み出すことができる力。

 それをこの世は合成魔法と呼ぶ。

 世界最強の魔導士であるシュウサイはそれを超える、三つの魔法をかけ合わせることができる。

 しかし今……



「い、い、い、五つの魔法を!? ば、ばかな……あ、ありえぬ、ありえぬっ!」



 何十年も魔導の世界に身を置き、戦争を通じて広い世界を見てきた魔導士の極みであるシュウサイが、自分の理論の全てを覆すありえない事態に遭遇。



「人外……ば、……バケモノかッ!?」



 そう、バケモノである。

 シュウサイはミスを犯していた。

 それは、ジェニの才能が自分の想像など及ばぬほどの人知を超えたものであること。

 ジェニには実戦の経験知や知識が足りないという弱点を見抜きながら、速攻でジェニを仕留めなかったこと。

 無駄に自分の魔法を見せすぎたことで、ジェニはこの戦いだけで更なる高みへ到達してしまったのである。

 これまでの人生、努力、乗り越えてきた修羅場、あらゆる全ての要素をあざ笑うかのような天賦の超人。

 

「あ、あわ、や、やめ……」


 本来であれば、その天賦は人類の味方として、大いなる力として、魔王軍を倒すことすら可能とする絶対的なものとなるはずであった。

 しかし、テラに対する一つの謀と、それに伴う悲劇によって、その天賦はあろうことが人類に向けられることとなる。



「お前なんか~~~~だいっきらいいいいい!」


「やめ――――――――」



 もう、人類はやり直すことはできない。

 後悔してももう遅い。

 それを骨の髄まで刻み込まれながら、シュウサイは光に飲み込まれたのだった。

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