第44話 幕間(トワイライト)

 わらわたちの出陣だというのに、民たちの小競り合いに水を差された。

 しかもそれが、あのテラの弟たちによるもの。

 昨日からの報告で何があったのかは分かっていた。

 しかし、それに構っている暇もなければ、全てクローナの責任ということで放置していた。

 それが……


「へぇ~、アレがテラの弟にして、我らが姫様を口説いたという人間か~」


 そのとき、わらわの傍らの副将が興味深そうにそう呟いた。



「僕はてっきり、世間知らずで恋愛経験もないクローナ姫を口八丁で言いくるめたチャラチャラした感じの男かな~って思ったけど、なかなか気合の入ったことするんだねぇ~」


「ちょっ、『シンユー副将』!? トワ様の前でクローナ姫をそのように……」


「え~、だってそうでしょぉ? でも、そんな純粋でお優しいクローナ姫だから、可愛くて庇護欲そそられてみんな好き♪ 僕も好きだしね~」



 身を乗り出して目を輝かせ、興味深そうにあの小僧の背を見つめる副将の狼人族。

 普段は飄々ヘラヘラした軽い男だが、魔界の中でも超名門部族の長の嫡男にして、その恵まれた血筋に恥じぬ才覚と努力で、一気にわらわの側近まで上り詰めた、未来の六煉獄将候補。


「僕もハニーと結婚してなければ、クローナ姫を穢した男を許さない~って怒ってたけどぉ~、うん……うん、いいんじゃないかな? 姫様と、そして何故か一緒に居る虎人族も見る目があるって感じで。何だかあのホブゴブリンのオジサンを纏っていた闇みたいなものが少し和らいだように見えるよ」


 ちなみに幼馴染と結婚して幸せいっぱいで可愛い娘も一人いるとかのおのれうらやまこのやろうじゃ!

 っと、そうではなく、いずれにせよ……



「しかし、何も変わらんのじゃ」


「トワ様?」


「あの男だけではない。テラに、そして人間に恨みを抱いている者など他にも吐いて捨てるほどこの魔界には存在する。わらわたち魔王軍の中にもな。たとえあの小僧が一人二人の魔族の心を変えたところで、世界は何も変わらぬ」



 そう、あの小僧がただのテラの弟というだけではないのはわらわも分かっている。

 才能だけでなく、歪みはあるが信念を感じさせる。

 その何かに、わらわも、参謀も、そしてキハクも何かを感じたというのは分かっている。

 しかしそれで何かが変わるとはとうてい思えぬ。

 が……



「そうですね、トワ様。だからここに居る『僕たち』は目の前でああいうことがあっても何もしない」


「ぬ?」


「でもね、トワ様。あのエルセという坊やも、たぶんそんなこと理解していて、そもそも『誰かの心を変えよう』という考えまでは無いと思いますよ。そして、別に何か打算があるわけでもなく、ただクローナ姫と妹を守りたいだけなんじゃないかな?」



 シンユーの言葉はわらわもそう感じていた。

 あの小僧は、確かに深い考えや計算などは何もなかった。

 ただ、クローナや妹に民たちの怒りをぶつけぬよう、その上で本当にあのホブゴブリンの男の気持ちを理解し、否定せず、それを正面から受けてやろうと思ったのだろう。


「もっと闇落ちして歪んでいる男かと思っていたけど、実は純粋で情に脆くて甘い子で危うい……けど、いいね、なんだか。僕ももう少し彼がこの魔界でどうなるか見てみたくなったよ」


 そう言って微笑むシンユーの言葉に色々とわらわも感じるところがある。

 確かに、これまで数え切れぬほど人間と戦い、人間を殺し殺されを繰り返してきたが、戦争を経験していない、兵士ではない人間というものをわらわもあまり知らぬ。

 テラも人間の中では珍しく、そして異種族ながら骨のある男であった。

 その弟は才能は兄以上で、そして兄とはまた違ったところがあるようで、確かに興味深かった。

 すると……


「くだらん。お前のそのお気楽な考えで取り返しのつかないことがあったらどうするつもりだ? クローナ姫もクローナ姫だ。ご自身の立場が分かっておられない」


 そう言って、反対側から冷たく厳しく言い放つのが、わらわのもう一人の副官。


「おやおや、『マイト』は相変わらず厳しいねぇ~」

「当たり前だ。シンユー、そもそもあの二人はあのテラの弟妹だというのが分かっているのか?」


 長い黒髪が特徴的な一角の角を生やした高身長の魔人族。

 魔界きっての名門貴族、魔界公爵家の嫡男にして、魔界でも指折りの魔剣士。

 その家柄、才、そして美形の色男で、表情は常にクール。

 いつも飄々として軽口のシンユーとは対照的な生真面目な男。

 そんなこやつからすれば、あの弟妹やクローナのやっていることに不満なのは当たり前と言える。


「ふ~ん、とか言って、少しは気になってたりして。君、テラのこと嫌いじゃなかったでしょ? まぁ、僕も、てか魔王軍の兵は……ね」

「なにを……」


 だが、そんなこやつにとっても、あのテラはただの憎むべき敵ではなかったこともあり、内心ではシンユーの言う通り、実はあの弟妹を気になっているのではないかとも思う。

 いずれにせよ……



「ほらほら~、そんな仏頂面してないでさ~、君の可愛い息子が手を振ってるんだから答えてあげなよ~」


「ぬっ……」


「ほら~、僕の可愛い娘と一緒に手を振ってるよぉ!」


  

 こやつも既に魔界貴族の娘と結婚して息子が既に……


「おとーさまー、がんばれー!」

「とうさーん、がんばれー!」


 あっ、あそこに幼い狼人娘と魔人の子が、同じ世代の子供たちと一緒に目を輝かせてコチラに手を振っている。

 その傍で美しい「身重の人妻」が苦笑している。



「とうさーん、留守は俺たちに任せろー! 俺たちネオ魔王軍がお母さんたちを守るぞー!」


「「「「おーっ!」」」」


「生まれてくる弟か妹も俺が守るから、父さん、ここは俺に任せろー! 俺は大将軍であり、もうすぐお兄ちゃんになるんだからよー!」



 クールなマイトの息子とは思えぬほど活発で元気な声。

 そんな息子にマイトは……


「くっ、わがむすこ……ぐっ、かわ……はっ! いかん、ふん……貴族の息子でありながら行儀が悪いな。もうすぐ兄になるというのに、や、ヤレヤレ……くっ、殺人的なかわいさめ……」

「あはははは、相変わらず厳し甘いね~、マイトは。でも、君の息子の『ヒート』は頼もしいじゃないか。もうすぐ二人目が生まれるから張り切って……僕らも負けてられないね。おーい、僕もがんばるよー!」


 ヲイ……誤魔化し切れてないぞ……こやつまで……本当に幸せいっぱいで……っていうか、こやつらクローナの少し上ぐらいの世代なのにもう子供まで……しかも二人目って、そうではないな。うん。

 今は……



「まぁ、今のわらわたちが考えるのは、テラの弟妹ではなく、何よりも誰よりもこの魔界の次代を担うあの子たちであろう。シンユー、マイト」


「「御意」」



 とにかく、あの小僧についての評価はまだ保留なのじゃ。

 わらわは簡単には認めぬので、心しておくのじゃ!

 そして、今あの弟妹よりもっと大事なのは、我が魔界の民。そして子供たち。そしてこの戦に勝つこと。

 これだけだ!


「全軍!」


 わらわたちもそろそろ出陣しなければな。

 気を取り直し、我が愛刀を魔界の空に向かって掲げ、全土にわらわの声を届ける。


「これより地上へと侵攻し、我ら魔界の命運を左右させる聖戦に身を投じる英雄たちよ! この地、そして民たちの顔をよく覚えておけ! わらわたちが守るべき、そして帰るべき場所を!」


 一瞬で空気が張り詰め、騒がしかった民たちも改めてわらわたちに顔を向ける。



「そして、胸に秘めよ! これまでに散った英雄たちの魂を! 人がどう思おうと、わらわは断言する! 彼らの命は決して、犬死になどではないと!」


 

 そう、こればかりはわらわも否定させてもらおう。

 残された遺族がどう思おうと、わらわもこれだけは譲らぬ。



「そして、真に意味あるものと後世に伝えるためにも、わらわたちは勝たねばならぬ! そして必ず勝利と共に帰還することを誓え! 願わくば、誰一人欠けることなく皆が帰らんことを!」


「「「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッ!!!!」」」」」



 甘えは禁物。

 たとえ勝利したとしても、今回の戦でも何百何千の兵がまた死ぬであろう。

 勝ったとしても、大切なものを失う遺族からすれば何の慰めにもならんかもしれん。

 しかしそれでも、負けるわけにはゆかぬ。



「いざ、出陣じゃぁああああ!!!!」


 

 己を鼓舞するように声を上げる、共に戦う仲間たち。そして天地震えるほどの歓声を上げてわらわたちを送り出すこの民たちのためにも。

 そして……


――俺も、分からなくもねえ。本当にくだらねーと思っちまう 


 こちらを見上げているあの小僧が先ほど口にした言葉……

 

――ふと思っちまったよ。そもそも、何で人間も魔族も喧嘩してんだっけ? ってな


 小僧、その話は全てを終えた後に聞いてやろう。

 少なくともわらわたちも、そして人類も、まだそこを理解することはできんからな。

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