第43話 これからも

「なんだぁ? わらわたちの出陣だというのに、何やらゴタゴタしておらんかァ?」


 城壁の上でクローナの姉さんたちからの視線を感じる。

 そしてそんな中で、ゴブリンのオッサンの言葉に俺たちは振り返っていた。



「俺のガキやそのダチたちまで次々と死んでるのに、そんな悲しみも一瞬で、そして今また多くの死人を出す戦争に向けてみんなでワーワー言いながら送り出す……何人帰ってくるかも分からねえ戦争によぉ……ほんと……ふざけてやがる……わざわざ犬死にするかもしれねーとこに飛び込んで……ほんとくだらねえ」



 その言葉に、クローナやその周囲に居た民たちも顔をハッとさせる。

 クローナはㇺっとした表情で、そして民たちは「まずい」というような表情で。


「今の発言は聞き捨てなりません」


 何故クローナは怒るのか? それは今のこのゴブリンのおっさんの言葉は、これまで死んだ奴ら、これから戦う奴ら、そして昔から今に至るまで繋がっている戦争そのものを否定するものだからだろう。

 

「あなたの悲しみや失ったものの大きさは理解します。そんな中で、王族たる私がテラの弟妹を保護することへの批判や怒りも承知しております。しかし、その怒りがこの戦全てを否定し、魂を侮辱する言動は―――――」


 だから……



「ああ……俺も、分からなくもねえ。本当にくだらねーと思っちまう」


「……っふぇ? え、エルセ!?」


「なっ!?」


「「「「ッッッ!!!???」」」」



 俺はその気持ちがよく分かると同意していた。


「な、なんだと、クソガキ! お前に何が――――」

「俺とジェニにとって全てだった兄さんは……己の全てを懸けて、背負い、人類のために戦った。だけど、その最後は味方だと思っていた人類に裏切られ、ハメられ、侮辱され、そして死んだ。そして人類は兄さんの婚約者だった姉さんを殺し、そして俺とジェニまで殺そうとした」


 そう、俺には分かる。俺だってそう思っちまったからだ。



「そんな俺たちを保護してくれたのが……お前ら魔族のお姫様だ。何の裏表も打算もなく、俺とジェニを愛してくれて、温もりをくれて……で、気づいたら俺だって心底惚れちまってた。クローナの家族になれて、そんな時にふと思っちまったよ。そもそも、何で人間も魔族も喧嘩してんだっけ? ってな」


「……ッ、お前……」


「何で俺らみてーにできねーんだって……だから、オッサン。戦争そのものがバカバカしくなったって気持ちは、俺にも分からんでもねえ。兄さんは……何のために死んだんだって……だからオッサン……あんたは俺と同じだ」


「ッ!?」



 たとえオッサンがどう思おうと、俺はオッサンの気持ちが分かる。俺とジェニと同じだ。

 


「「「「「…………………」」」」」



 ん? アレ? なんか、周囲が静まり返っているような、視線が一斉に俺たちに……?

 だが、オッサンはそんな周囲に構うことなく続ける。


「ふざけんな! 同じだと? なんだそりゃ! だから許せ……とでも言いてえのか!」

「あ? いつ俺が俺を許せと言った! 俺はジェニに手を出さずクローナを責めるなと言っただけだろうが! あんたはこれまでと同じに俺に恨みがあるんだから殴ってくりゃいいだろうが! 殴らせてやるからよ! 死ねねえけどな」

「か、勝手な、ことを……~っ、じゃ、じゃあ、俺と同じって言うならここでこうしているお前はどうすんだよ! 人類を憎んでるのに何もしねーのかぁ?」

「ああ? するに決まってんだろうが! いつ俺が何もしないって言った!」

「ああ? するって、何をだよ!」


 俺もヒートアップしていた。なんか口喧嘩みたいになってるが、それでも俺は答える。



「何をする? 決まってんだろ。復讐だよ」


「……なっ……」


「あんたが、俺の兄さんやその弟の俺が憎くて仕方ねえように……俺だって我慢できねえ。兄さんを奪った帝国を……八勇将を絶対に許せねえ。この恨みは必ず晴らすつもりだ!」


「……お、お前……」


「もちろん、キハクに手も足も出ねえぐらい弱い今の俺にはまだ無理だ。だけど、力をつけ、近いうちに必ずクソ野郎どもに思い知らせてやるつもりだッ!」



 嘘なんてない。心の底から譲れねえ思い。

 必ずケジメをつける。

 俺は自分がやろうと思っていたことを改めて口にした。

 大魔王に対して言ったときと同じように。

 すると……


「おいおい、あいつマジかよ……」

「人間のくせに、八勇将を倒すとか……」

「ハッタリだ、口だけに決まってら!」

「でも……実際あの男……強いよな? それに、テラが人間に……っていうことで恨みを抱いてるのは本当だしよ」


 周囲の連中が俺の発言に動揺して騒めきだした。

 そりゃそうだろう。

 魔族からしてみりゃ、魔族が六煉獄将を殺すと言っているようなもんだからな。

 

「なあ、おやっさんよぉ! 案外、こいつを放っておいたほうがいいんじゃねえか? おやっさんや俺らが殴ってもこいつはノーダメージだし……いっそのこと、八勇将と潰し合わせてよぉ。それでこいつが死ねば願ったりだし、本当に八勇将をぶっ殺したら、それこそ魔界にとっては―――」


 すると、オッサンにそういうことを耳打ちする奴らも出てきた。

 セコいけど、その方が得だっていうことは分かる。

 だが、オッサンは……



「だ、から、だからそれがなんだってんだよぉ!」 



 その提案を振り払って押しのけた。

 そう、そんな打算で恨みを抱いてないからだ。

 だから……



「あいつは俺のたった一人の息子だった! 俺みてえなクソオヤジにはもったいないぐらいの……大事な息子だったんだ! それを……それをこいつらが! 人間が! テラが奪った! なにが弟妹は保護だ! 息子を殺した血縁とも人間とも同じ空気なんて吸えるか! だいたい今更、八勇将が死んだって、魔界のためになったって、もう俺の息子は帰ってこないんだ! だから、だから……せめて……せめて……せめて……」


「ああ。だから何度も言ってんだろうが。気の済むまで俺を殴って、それでも気が済まねえなら何だったら殺してみろよ」


「ッ、う……てめえ……」



 俺ができるのは、それを受け止めてやるぐらいだった。

 すると……



「……テメエの力なら……俺のことだって一瞬でぶっ殺せるんじゃねえのかよ?」


「ん?」


「それなのに無抵抗でよぉ……もし間違って本当に死んじまったらどうすんだぁ? テメエが俺と同じだってんなら、テメエの目的の復讐だって果たせねーんじゃねえのかぁ? なのに、何でこんなことをお前はするんだ?」


 

 それは、これまで怒りや悲しみだけをとにかく叫んでいたオッサンが、初めて俺に対して少し落ち着いたトーンでの問いかけだった。

 どうして?

 それは……



「そりゃ、確かに復讐も大事さ……だから死ぬわけにはいかないし、確かにやろうと思えばあんたらを俺は返り討ちにする力も持ってるよ……でも……それだけはできねえ」


「……何でだ?」


「決まってる。こんな俺と、そしてジェニを受け入れてくれ、そのために頭まで下げてくれたクローナを死んでも裏切れねえからだ」


「……ッ!?」



 ジェニを守ること。復讐をすること。そして今では同じぐらいにクローナを裏切れないという想いが俺の中に強く芽生えていたからだ。


「エルセ……」


 クローナも意外そうに目を丸くして驚いている。

 俺も何だか照れくさくなっちまったが、それでも本心だ。


「んだよ、それは……くそ……ばかばかしいぜ……ほんとによぉ……」


 すると、その時だった。

 青黒く腫らし、それでも血が滲み出るほど強く握っていた拳を、オッサンは開いていた。

 そして、どこか力が抜けたように肩を落とし、オッサンは俺に背を向けた。


「お、おい、おやっさん、こ、こいつ、いいのか?」


 オッサンのその様子に動揺する民たちがオッサンに声をかけるが、オッサンは舌打ちしながら……



「ちっ、うるせーなぁ、これ以上殴ったら午後の仕事に影響される……これからもこいつをぶん殴るために、今日は休むんだよ……」


「「「「「ッッッ!!??」」」」」



 その、オッサンが口にした「これからも」の言葉に、この場に居た皆が驚いたのは当然だった。

 そしてオッサンは俺たちに背を向けたまま……



「おい……だから明日も殴らせろよ……クソガキ」


「ッ! ああ、殴れよ……明日もまた来っからよぉ!」



 明日も俺はこの街に来ていいんだ。なんとなくそんな風に俺は捉えちまった。

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