第16話 王国滅亡
もはや俺がビトレイにすることは終わった。
この後こいつがどうなろうと知ったことではない。
そして次は……
「さて……」
「ひぃ!?」
俺が振り返った瞬間、トワレットが異常なまで恐怖して震えあがり、そして叫んだ。
「ひいいいい、やべ、やべえてえええ、わ、私は、私は王女で……あ……あ……お願いしますぅ、た、助けてくだしゃい! う、あ、お、お願いしますぅ! ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!」
血だまりと化した凄惨な状況下。
婚約者でもあったビトレイの姿を気遣うのではなく、その姿が自分の未来だと思ったのだろう。
トワレットは半狂乱し、そして懇願の眼差しで俺に許しを請う。
王女が見下した下級国民である俺に対して地べたに頭を擦りつけるように土下座して、俺の足にキスでもしそうなぐらい顔を寄せてきた。
「なんでもしますなんでも! た、たすけてくださいい! そ、そうだ……!」
そして、必死な生への執着からか、ついには身に纏っていた高貴な姫のドレスすら乱暴に脱ぎ捨てる。
これだけの民衆が集う場で、王女が肌を晒すなどありえないこと。
ましてやプライドの高いトワレットがやるなど考えられないこと。
しかし、それだけトワレットも必死だった。
「私を好きにしていいですから! 何をしてもいいですから! だから許してください助けてくださいぃ!」
豊満な乳房をあらわにして大きく揺らし……クソ女が喚いてやがる。
「気持ちワリーんだよ」
「あ……あ……あ……」
俺は微塵も心が揺れなかった。
とはいえ……
「エルお兄ちゃん……ぎゅっ」
「ジェニ……ああ……」
泣きそうなジェニが俺にしがみついてくる。
もうそうだな……もう……
「キハク、クローナ……もう俺はいいや……あとは勝手にしろよ」
「……分かりました。では、キハク!」
「心得ました!」
そして、もう色々と心が疲れた。そんな俺をクローナは抱きしめて迎えてくれた。
「お疲れ様です、エルセ。少しお休みしましょう。ジェニも色々と目に余るかもしれませんので」
「ああ。離れよう……クローナ……ジェニ」
「エルお兄ちゃん……クロお姉ちゃん……ん、わかった」
ここから先のことはもう見なくていい。
知らなくていい。
もう、こいつらには心底関わりたくなくなっちまったからだ。
だから、助けることもしない。
「エルセ!」
「エルセくん!」
「エルセ殿!」
そして、再三俺に拒絶されながらも、しつこく前へ出てくるこいつらは……
――私たち姉妹はビトレイ様の妻になる……
――私たちを……姉さんと私はこの方と結婚してこの方の子を産みます……サヨナラです
――これも戦乱の世の女の運命……
商会がどうとか、運命がどうとか関係ねえ。
最後にぶつけられたあいつらからのあの言葉に対して……
「そういうことだ。俺はクローナと結婚して夫になり、子を作る……サヨナラだ。これも運命ってやつだな」
「「「ッッ!!??」」」
当てつけのように言ってやった。
だだ……
「……ふぇ?」
「なぬ?」
アレ? 何かクローナとキハクが驚いて……え? 何でだ? 先にクローナの方から家族になろうって……俺が受け入れたのがそんなに変か?
「え? エルセ……けけ、けっこ、結婚? ふぇ!? え、エルセ?」
「おい……き、貴様、何を早とちりして……」
え?
「ん~……わぁ、お胸がポカポカしてきました……ふぁ~、男の人にプロポーズされたの初めてです……ん~、よし、そうですね! 結婚です、エルセ!」
「ちょ、姫様?! あ~、くぅ、どさくさに紛れて何という……悩ましいことを……」
だってそういうことじゃないのか?
家族になって一生大切にするって……え? 違かったのか?
ちょっと恥ずかしいことを。
「エル……セ……」
とはいえ、これがもう決別の言葉。
まぁ、こいつらも絶望したようだし……
「……なぁ……キハク……クローナ……」
「はい?」
「なんだ?」
許すことはない。
この国も滅べばいい。
どうなっても構わない。
どうなっても……
「その……」
言葉がうまく出てこない。
ビトレイにやったように、こいつらがどんな目にあっても……そう思っているんだけど……うまく言えないんだけど……
――ねぇ、エルセ~、今度さ……私とお出かけ……べ、別にあんたなんかなんとも思ってないんだから勘違いしないでよね! たまたま気分なだけよ!
――……エルセくん……姉さんと違って……私は素直です…………ぽっ♥
――騎士団長の娘、ストレイアです、初めましてエルセくん。我々も父やそなたの兄に負けぬよう切磋琢磨して研鑽し、共に高みを目指そうではないか!
もうあの日々には戻らない。
戻る気もない。
戻らなくていい。
だから、こいつらとも和解なんて死んでもゴメンだ。
だけど……
「……はい、エルセ」
「?」
「大丈夫です」
すると、俺が何をどう言えばいいか分からず悩んでいたところで、クローナは俺に微笑んで頷いた。
「では、結婚のお話はあとでじっくりとするとして……キハク」
「はい、姫様……」
「戦争ですので綺麗ごとは言えません。向かってくるものに慈悲は無用。ただ……それでも誇りを損なわぬよう……無益な虐殺や凌辱、略奪などは許しません」
そして、クローナはクローナで、ほんわかしていた空気を再び戦争モードの鋭い表情に一変し……
「ここはテラの国……魔王軍がテラに実力で勝ったわけではないということ……それでもテラは逃げずに言い訳もせずに貴方と戦った……そのことを―――」
「それは吾輩が一番理解しております。そして、この国についても……」
「そうですか。では、後は頼みます」
「御意」
そう、この国の行く末はもう決まっている。
「それに、もはや詰んでおります。既に別動隊は宮殿に……王の逃亡を阻止に向かっております」
「おや、流石ですね……」
「正直吾輩もエルセ一人でここまでできるとは思いませんでしたから……だが、もう後は楽なものです」
俺は助けない。
だけど、それでも降伏さえすれば……
「精強なるキハク軍よ! クローナ姫直下部隊よ! 出番だ! 来いッ!!!!」
その瞬間、王都の入り口から轟音が響き……
「「「「「ウオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!!」」」」」
「抗う者たちは容赦無用で蹂躙せよ!」
激しい咆哮と大きな砂煙を巻き上げて、魔王軍が侵入してきた。
王都の入り口を固める見張りも、そして頼みの騎士団も、俺が大暴れしていたことで機能せず、もはや手の打ちようが無さそうだ。
「ひ、な、なんで?! 魔王軍が、こ、この王都に!?」
「なんだ、ち、地中からも!?」
「魔法結界はどうなってんだ!?」
「そんな、ひっ、や、やだ……いやああああああ!」
「助けてくれええ、ひ、エルセええ、た、助けてくれ!」
「勇者様ぁ! 神よぉおおおお!」
今更都合の良いことをどれだけ叫んでも、もう遅い。
「さぁ、連合加盟国クンターレ王国よ……この国は滅びる! 降伏せぬ者には一切容赦せぬッ!! 死んでテラに頭でも下げて来い!」
こうして、俺とジェニと兄さんと姉さんの故郷は滅んだ。
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