第6話 憎しみ

「いでええ、お、折れたああ、うごけねえ」

「た、助けてくれぇ、ぐっ、うが……」


 カーヌをぶっ潰して、残りはジェニが潰した。

 死んじゃいない。だが、両手足や全身を強打して多数骨折している状態で意識があるって、余計に苦しいのかもしれない。

 戦争で命がけで戦っているはずの連中が泣いて命乞いしてくる。

 にしても……


「ヨエーな、こいつら……こんな雑魚共に……兄さんはバカにされたってのかよ……」

「ヨワ……」


 そう、戦争を知らず、戦闘の経験も兄さんやジェニとの特訓以外ではやったことのない俺とジェニにとって、先日の王国の騎士団に続いて、この連合軍の兵士たちが呆れるぐらい弱く感じていた。


「信じられません……あのカーヌという部隊長はそれなりに名の通った……それなのに……今はまだ粗削り……しかし……それでこれほどの……」


 と、それはそれとして……問題はここから……こいつか……


「……で、あんた……やっぱり魔王軍なんだよな? 兄さんを殺した……」

「ッ!?」


 邪魔な連中をぶちのめし、俺は改めて目の前の魔族の女に尋ねた。

 すると、女は一瞬切なそうな瞳を浮かべるも、すぐに真っすぐ、そして冷たい瞳で俺の目を見て……



「そうです。勇者テラは、我が魔王軍の六煉獄将の一人、オーガ族最強の『キハク』との壮絶なる一騎打ちの末に討ち取りました」


「ッ!?」



 ああ……やっぱりそうなんだ……こいつじゃなくても、こいつの仲間が……兄さんを……だから、仇だ。


「テメエらが……兄さんを―――」

「この身を下劣極まりない者たちから救ってくださった、あなたと妹さんには種族を超えて感謝せねばなりません……しかし……私は私たちがあなたのお兄さんを奪ったことを、謝ることはできません」

「ッ!?」


 俺はこの女をどうすればいいのか? 仇として仕返しするのか? それとも謝らせるのか? 答えが全然まとまらない中で、女は先に俺にそう告げた。


「な、なんで――――」

「私たちはそういう戦いをしているからです。魔王軍もまた、テラたちの手によって多くの犠牲者を出しました……その中には、当然あなたたちのように帰りを待つ者たちも居ました……」

「だ、……だからお互い様だって言いてえのかよ!」

「そう取ってもらって構いません……私たち魔王軍は勝利のためにテラを討ち取ったことを間違っていると口が裂けても認めるわけにはいかないのです。それは何よりも、散った仲間たち……そしてテラに対しても、その魂を侮辱することになるからです。だから――――」


 それはあまりにも淡々と、しかし冷たくも、どこまでも強さを感じる目だった。

 魔力も尽きたとか、こんな雑魚共相手に何もできずに辱められようとしていたか弱い乙女が、あまりにも強い意志を感じた。

 でも……



「だ、だからって……だからって簡単に割り切れるかよぉ! 兄さんはもうすぐ結婚するはずだったんだ! ガキの頃から俺とジェニのために、国のために、世界のために、人類のためにずっと……ようやく幸せになれるはずだったんだ! シス姫と……姉さんと幸せに……それなのに、どうしてこうなるんだよ! おまけに、兄さんが死んだ途端にどいつもこいつも手の平を返すし、戦犯勇者だの、……なんでだよぉ!」


「エルお兄ちゃん……う、うぇ……うぇ~ん!」


「あ……ジェニ……ッ~……」


 

 気づけば俺は本当にただの無知で物分かりの悪いガキっぽく喚いていた。こんなこと、兄さんの仇である魔王軍の女なんかに言ったって仕方ねえのに。

 俺の喚きに反応して、思わず泣いて俺に抱き着いてきたジェニを宥めながら、俺も涙が出そうになった。

 悔しくて……苦しくて……


「そう……でしたか……そんなことがあったのですね。テラは人類にとっても希望の一人でもありましたが、その存在が連合軍の中枢や貴族たちから疎まれていたというのは聞いていました……そして、この間の敗戦であなたたちは……」


 なのに、こいつは……どうして、こいつまで悲しそうに……


「なんでだよ……みんな怒ってた! ヘラヘラ笑ってた! 兄さんの死を誰も悲しんでなんていなかった! なのに、どうしてあんたはそんな顔をする! 兄さんを殺した奴らの仲間だったくせに!」


 ジェニを抱きしめながら俺がそう叫ぶと、女はまた俺の目を真っすぐ見つめ…… 



「討ち取ったことに後悔も間違いも無かったと思っていても、テラが惜しい存在だったというのも間違いないからです……」


「……え?」


「魔王軍側にも人類連合側にも、あまりにも長く続いた戦乱に疲弊し、休戦や反戦を唱える者たちも少なからずいました……テラも八勇将の中ではそう言った思想を持っていました……ただ……それでもやはり……魔王軍も人類連合もその交渉のテーブルを設けることはできませんでした」



 その言葉に、俺はハッとした。

 そう言えば兄さんは……



――俺ももっと強くなって、悪の魔王軍をいっぱい倒してやりてぇぜ!


――エルセ……この世に悪の魔王軍はいないさ


――……は? なんでだよ! 正義の勇者である兄さんたちの敵じゃないか! 悪だから倒すんだろ?


――ん~……エルセには少しまだムズイかもしんねーけど……でも、お前とジェニには……戦争が終わった後の時代を……ま、とにかく未来は分からねえさ。十年後には人間も魔族も平気で同じテーブルでメシ食ってるかもしれねえしよ


――? ……兄さん、俺、メシ食うよりも悪の魔王軍を倒してえ!


――ったく……身内に理解してもらえねえから、やっぱ難しーんだろうなァ……



 なんか……俺……よく分かってなかったけど、何だか……昔、そんな会話をしたような……


「いずれにせよ……謝ることはできなくとも、あなたたちの憎しみもまた否定しません。今の弱り切った私には、お二人をどうすることも、また抗うこともできません。ですので……どうぞ……お好きになさい」

「ッ!?」


 すると、女は俺を見つめたまま、両手を広げて身を曝け出した。

 それは、抵抗する意思のない現れ。

 そして目を見ればわかる。

 さっきまでのカーヌたちに対しての時とは違い、こいつは俺とジェニに対して今から何があろうと全部受け入れるつもりなんだと。


「好きに……だと?」


 その覚悟を前に、俺はすぐに行動に移せなかった。

 兄さんを殺した魔王軍の一人を前にして……俺は……


「っぐ、うう……エルお兄ちゃん……もう……いこ」


 その時、俺に抱き着いていたジェニが涙目で俺の服を引っ張り、そう訴えてきた。


「ジェニ……」

「わかんないけど……もうやだ……このひとは……おこれないよ……」


 王都の奴ら、騎士団、そして連合軍の奴らに対して明確に怒りをあらわにしてその力を振るったジェニですら、この女に対してどうにもできず、もうここから立ち去りたいと言ってきた。

 そして、ジェニの涙で俺ももう心が折れそうだった……


「あんた……名前は?」

「……クローナです。あなたは?」

「……エルセ。こいつはジェニ」

 

 だから、最後に女の名前だけを聞いて、俺たちは……



「クローナ……もう……俺たちもどうしていいか分からねえ……だから……もうここでバイバイしようぜ……」


「……良いのですか? 私は魔王軍の中でも―――」


「分かんねーよ! でも、でも……俺もジェニもどうしていいか分かんねーんだよ、あんたには……くそう! 何でだよ!」


 

 俺はジェニを抱きしめながら、そして俺も涙が流れ、



「あんたが兄さんを褒めて、称えて、惜しんでさえくれなければ……せめて、このカーヌたちみたいなクソ野郎どもであってくれればよかったんだよ!」


「……エルセ……」

 

「だから、さっさと―――――」



 最後に恨み言の一つでも言って、この場から立ち去ってやろうと思った。

 だが、その時だった。



「「ッ!!??」」


「ッ!?」


 

 俺とジェニは全身に激しい悪寒を感じて顔を上げ、周囲を慌てて見渡した。


「な、なんだ? い、今の……」

「……この気配……」


 突如、猛烈なプレッシャーが全身を……何だ? こんな事初めてだ。

 クローナも感じたようだ。

 そして……



「まったく……罠にかかり……ロイヤルガードが八勇将の『ギャンザ』に全滅させられたと聞いたときは肝を冷やしました……だが、間に合いましたね、姫!」



 突発的な突風……いや、嵐のように激しく、そしてとてつもない熱風を撒き散らし、一方でその存在を感じた瞬間とてつもない寒気が全身を襲った。


「な、なん、だ?」

「……こ、こわい……つよい!」


 激しい地響きを立ててこの場に降り立った一人の……頭から四本の角をの生やした背の高い男。

 その長い髪も、肌も、顔も、全部が真っ白い、異様な存在。

 一目見ただけで魔族と分かる。

 そして、今、クローナに何と言った? 『姫?』

 すると、その男を見てクローナは……



「キハク!?」


「ご無事で何よりです」


「「ッッ!!??」」

 

 

 よりにもよって、ついさっき、兄さんを殺した奴の名前を口にした。

 その瞬間、俺は……



「テ……テメエかコラァあああああああああ!!!!」


「テラお兄ちゃんを……コロシタ!」



 俺たちは頭空っぽになって飛び掛かっていた。


「ん? 何だ?」

「あっ! 待つのです、エルセ! ジェニッ! 戦っては―――!」

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