第5話 普通逆だろ?

「ねえ……どうして? テラお兄ちゃんの……お友達じゃ……なかったの?」


「ん~?」


 

 そのとき、俺以上に状況が分かっていないジェニが、カーヌたちに尋ねた。

 すると、カーヌは先日の王国の連中のような怒りや憎しみとは違い……だけど……俺とジェニがぶっとばしたあの貴族や、姉さんの姉のような笑みを浮かべ…… 



「はーっはっはっは、友達だとぉ? ふざけるなガキ! 僕を誰だと思っている! 王国が誇る伝統ある由緒正しい貴族の家に生まれた上級国民の僕が、本来なら下級国民である庶民の家のテラとお友達だとぉ? そんなわけあるかァ! ずっと忌々しかったよ……あの男が……下級国民の分際で我らの上官になるどころか、八勇将……さらにはシス王女と婚約して王族入りし、下等な血を入れようとした……ふざけるな!」


「ッ!?」


「あいつが死んでくれて清々したものだ……特にあいつは八勇将だったくせに、あまりにも生温く、将としても下の下であったからなァ!」



 震えが止まらない。

 ジェニも同じだ。

 何で兄さんは……最高の勇者―――


「そうそう、テラ将軍には参ったぜぇ。ちょーっと魔族の捕虜に手を出しただけでぶん殴るしよ~」

「ああ。俺もあんな堅物な熱血正義バカ将軍の所為で俺らは全然美味しい思いができなくてよぉ! 手柄を上げても……敗者への蹂躙という特権……犯す、嬲る、殺す、やりたい放題できる戦争の醍醐味を味わえなかったからよぉ」

「それに、魔族共と休戦しようとか和睦だとかそういうクソみたいなことも言いだすしよぉ」

「ああ。そのせいで意識高い系の国の奴らも乗り気になりそうになったし、たまったもんじゃねえ」

「地上を穢す魔族のような害虫共は皆殺しにする。それを分かってない、クソ甘いやつだったぜ」


 それなのに、兄さんが死んだ途端、兄さんを知る連中は誰もが兄さんを罵倒し中傷し……


「あなたたちは……本当に恥ずべき人たちです……」


 ただ、その時だった。



「ん? なんだ、ゴミ魔族め……僕と交わるのをお預けされて拗ねてるのかな? 大丈夫、そのガキ二人を捕まえて、すぐに可愛がってあげるよ。股をさっさと濡らして、僕の種でも―――」


「おだまりなさい! 私はとってもムカついているのです!」



 呆然とする俺の傍らで、俺が助けた魔族の女は目の前の連中を心底軽蔑するような冷たい口調で、そう呟いた。



「テラは我ら魔王軍と何度も戦った……その強さ、その在り方、その勇敢さ、そして降伏した相手に対する慈悲の心を持ち合わせた寛大さ……まさに勇者の名に恥じぬ男でした。六煉獄将全て……そして大魔王にすらも一目置かれた……立場や種族は違えど、尊敬すべき敵でありました!」



 その言葉は、兄さんの仇である魔王軍の言葉でありながら……



「だからこそ、テラを侮辱することは許しません! あの男を討つために、多くの魔王軍の兵が誇りと命を懸けました! そのテラへの侮辱は私たちへの侮辱です! 断じて許せません! あなたたちなど、テラの足元にも及びません!」


「「ッッ!?」」

 


 俺とジェニの心を大きく揺さぶった。

 なんで?

 兄さんが死んでから、誰もが兄さんを罵倒し中傷する中で、初めて兄さんの生前を称える奴が……兄さんの仇の魔王軍なんだ!?

 普通逆だろ!

 兄さんが憎くてこいつらは兄さんを殺したんじゃないのか?

 尊敬してたって何なんだよ!



「ふっ……見くびられたものだ。だが、それでいい。魔力も尽きて味方とも離れて孤立無援の女……それでも必死に気丈に抗おうとする女を屈服するまで犯す……くぅ、僕も興奮して――――」


「ふわふわパニック!」


「ぱぎゅらァ!?」



 そのとき、女を嘲笑ったカーヌに対し、なんとジェニが割って入って、得意の念力魔法でカーヌをぶっとばして、大木にぶつけやがった。


「た、隊長!?」

「な、なにを……このガキ、何を!?」


 驚き、そして怒り狂った表情の連合軍。


「あなた……ど、どうして……」


 そして、助けられた女はポカンとしている。

 すると、ジェニは泣きながら……


「わかんない……だけど、そいつ、テラお兄ちゃんを馬鹿にした! あなた、テラお兄ちゃんを褒めた! たすけなきゃっておもった!」


 ジェニは魔王軍が兄さんの仇とかそういう複雑なことを全然分かっていない。

 そのため、目の前の見たまんまのことに反応した。

 だから俺も……


「あんた、動けねえんだろ? もう一度俺に捕まってろ」

「え……あの、あ……え?」

「色々と話したり聞きたかったり、なんか俺も色々とあるけど……でも、ジェニを守るため、そして兄さんを馬鹿にした奴らをぶちのめすためだから……とりあえず、話はその後だ!」


 今は俺も動くしかなかった。


「きゃ、あの、あのぉ!? わ……」

「うるせえ! 死にたくなけりゃ、抱っこぐらいでジタバタするんじゃねえ!」


 くそ、何で俺はこんなところでお姫様抱っこなんかしてるんだ?


 本当にどうなってんだか。


 俺とジェニは、兄さんを殺した魔王軍を守るため、兄さんの仲間だった奴らをぶちのめす。



「こ、このガキ、よくも僕を……許さない! 両手足を捥ぎ取って、引きずりながら――――」


「エボリューション風林火山・疾きこと風の如く!」


「ぱぴゃっ!?」



 とりあえず、まずは一番ムカつくこいつを一番最初に。

 風をイメージした俺の最高速は、例え女を一人抱えていたとしても、こいつは反応できなかったようで、風の刃を纏った俺の最速蹴りで顔面を斬ってやった。


「うぴゃああ、蹴られ、血がァああ! ぼ、僕のお顔がああ、血がぁあああ!」


 のたうち回るカーヌ。

 何だこいつ。

 弱いぞ?


「な……は……速い!」

「いや、ま、待て、み、見えたか?」

「いや、いま、な、何を……」


 つーか、周りの連中もどうした?

 隊長がやられてもっと怒るかと思ったら、驚いているだけ?

 何のフェイントもしないで正面から蹴っただけだぞ?

 あんなの、兄さん相手には軽々避けられたのに……


「な……なんという……スピードなのです……」


 そして、この女まで驚いているし……こいつら両方とも戦争やってる兵士じゃないのか?



「お兄ちゃんが一番ぶっとばしたいの横取りした……だから、残りは私がやる! ふわふわ世界ヴェルト!」



 そして、ジェニの念力魔法で……


「うわあああ、な、なんだ、浮いて……念力!?」

「う、くそ、離せ……だめだ、抗えねえ!」

「ま、待て、俺たちをどうする気……た、たた、たけえ!」

「待て待て待て! おい、た、助けてくれ!?」


 全員抗うこともできず、立っていた全員が上空へと浮遊していき、ある程度の高さになったら……



「ツブレチャエ」


「「「「ひぎゃあああああああ!!??」」」」


 

 全員まとめて地面に落下して強打。

 身体を痙攣させ、手足を骨折して、這い蹲る虫状態……



「あ、あの子も……何という魔力……こ、これが……テラの弟と妹……何という才!」

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