【BL】曇天短編集

@Iwannacry

本音の水割り[ミステリアスな若者×堅物商人]

ソシャゲ風ファンタジー世界

ミステリアスな若者×堅物商人





 黄色い灯りに騒がしい店内。何時もは鎧姿の前衛職が開放的になって踊り、パーカッションのようにかちかちと高い金属食器の音が鳴るここはパーティー会場だ。といっても格式高いものではなく、雇用主がこのギルドを立ち上げた記念の日だとか、何らかの大きなことを達成したときなんかに催されるものだ。

 私自身騒がしいのは趣味ではなく、料理担当の王国民が作る宴料理の牛の煮込みは故郷の料理よりずっとくどく、あまったるいが、偶になら悪くない。

 ギルド内にも私と同じような、参加はするが中心には行きたくない静けさを好むタイプのメンバーが壁の方の机で黙々と食事を取っていた。


 私は騒がしい会場の中心を見やる。案外こういうところに商売の種が転がっているものだ。女性のアクセサリが同じモチーフをしているのならそれは流行りだ、靴が擦り減ってボロボロになっているのならそいつは近いうちに新しいのを買いに来るだろう。

 今は商人ではなくこのギルドの事務作業が本業になっている節もあるが、習慣なのか、人間観察は止められない。

 薄金色の液体が入ったコップを乾かし、目を閉じてヒトより尖った耳をそばだてる。


 噂だって立派な情報だ。特に酒が入り饒舌になった奴らの声は騒がしいが本音が出る。人の口に戸は立てられぬと言うが、酒は更にその地盤を緩めるのだ。

 私は喧騒の中に自分の知識を広げてゆく。

 遊技盤の新作、南の集落の香辛料、新薬の噂、今年は雨が少ないという愚痴、ギルドの新メンバーの諍い……


「レギナエ。」


 ふいに声をかけられ、瞼を開く。テーブルのそばには先程まで喧騒の中にいた同族のデザートエルフ……といっても産まれは王国の、所謂最近の若者然とした青年が立っていた。

 彼は断りもなしに私の向かいの席に座ると、食べかけの揚げ海老を口に放り込んだ。それは私のだ。


「オールカスタ。」


 何をしているんだ、と呆れた声色でそう言うと、青年は口の中のものを嚥下してから、言った。 


「ガスタって呼んでって言ったよね。」


 私はため息をついた。勝手に人の飯を食べたことへの弁明を求めたのだが、帰ってきたのは呼び名への不満。つくづくこいつは変わっていると思う。

 ジョングルールだかミンストレルだか知らないが、歌を歌い仲間を鼓舞する者は全員"こう"なのだろうか。前も似たような職の少女がよくわからない口上と共に〇〇って呼んでくださいっ、と酒場の客に媚びていたのを思い出す。


「水を注いできたら呼んでやる。」


 空になったコップを目の前でひらひらと揺らすと、青年はその整った顔を不機嫌そうに歪めた。


「なんでそこまでしなきゃならないの?」


 ただ名前呼ぶだけでしょう、と彼は続ける。


「私の揚げ海老を勝手に食べたのはお前だろう。」


 そう言い返してコップを押し付けると、彼はしぶしぶピッチャーのある大机の方へと歩いていった。


 内側だけが派手な外套を揺らす彼の後ろ姿を見ながら、生意気だとも、若くて可愛らしいとも思った。

 もう私には無い、瑞々しい若草のような青臭さが羨ましくもあった。


「お待たせ。はいどうぞ、水。あとこれ、僕の好きなやつだけどよかったら食べてよ。」


 戻ってくるなりぶっきらぼうに突き出された小皿の上に、小さく分けられたビュッフェスタイル用の兎肉の香草焼きが載せられていた。


「ありがとう、ガスタ。」


 ちゃんと彼の望む名前を呼んでやると、なんだ呼べるんじゃん、と言うように目を細めて満足そうにする。そういう素直なところが好ましいと思った。勿論それを本人に伝えることはないが。

 彼は再度私の向かいへ座りなおすと、持ってきていたもう一つのコップで何かを飲み、中央の喧騒を眺め始めた。


 私は持ってこられた兎肉を一切れ口に運ぶ。香草の爽やかな風味が広がる、さっぱりとした味わいだった。このギルドは王国からの食料調達が多いせいか、味付けはどれもこれも濃い目なものばかりだからこれは嬉しい気遣いだ。


「それで、なぜ私の席に?お前の仲間達は良いのか?」


 パーティー会場の中心には此処よりも楽しそうなドワーフやらピクシーやらダンピールの姿がある。向こうから抜け出してきてわざわざ私の元へ来る理由がわからなかった。そんな事を思いつつ尋ねてみると、青年は端正な顔をくらりと歪めて言った。


「レギナエも仲間でしょ?まあ……そうだな、寂しそう、だったから?」

「私が寂しそうに見えているのならお前の目は相当な粗悪品だな。」


 冗談めかしく笑って言ってやる。すると、少しだけむっとした顔になる。

 私自身、自覚はなかった。寧ろ言われてからその可能性に気づくくらい知覚していない感情だったが、この青年が言うと私は本当に寂しいのではないかと錯覚してしまう。


「何時も何かに蓋をしている。大人みたい。」

「私はれっきとした成人男性だが。」


 成人年齢を迎えたのもとうに昔の話で、見た目も短命種基準の中年の姿と評されるものだから、"大人みたい"と言われる意味がわからなかった。現に大人なのだ。


「ああ違う、ええとね……親がよく言う"立派な大人"ってやつ。レギナエはそれに似てる。」

「ほう。例えば?」

「自分を押し込めて他人のため、社会のために動く、模範的な人間像……みたいな。僕はそうじゃないことをアイデンティティにしてるから、余計そう見えるのかも。」「随分抽象的だな。もう少しわかりやすく話せないか。」


「そうだなあ……僕が来たのは、その押し込めた欲を開放させるためだよ。」

「それはつまり、酒の勢いを借りて発散しろということか。お前が酒を注いでくれるのか?」

「勿論。ジョングルールの演る事は人を楽しませる事だから。」


 彼は外套の下から隠し持っていた小さな酒瓶を取り出し、その中身の液体をまだ水が半分ほど入ったままの私のコップに注いだ。

 普通酒に水を注ぐのであって、水に酒を注ぐのではないのだが、そこは追求しないことにした。どうにも彼の言動はいちいち回りくどいが、悪意は無いのだろう。

 ふわりと香る酒精と柑橘の香りに、喉が鳴る。

 彼は自らのコップにもそれを注ぐと、持ち上げて私との乾杯を要求した。


「ほら、乾杯。僕が君の寂しさを吹き飛ばしてあげるから、ね。」


 そういって笑う彼は、人を堕落させる悪魔のような目をしている。そのスイッチの入りようについ口を歪めた。


「はは、お手並み拝見といこう。」






 流石、と言うべきなのだろうか。ガスタは聞くのが上手い。油断すると自分の抱えていることを全て吐き出してしまいそうになる。それ程に人の心を聞き出す技術に長けていた。


 それに気づいてからは酒瓶に手を付けるのを止め、コップが半分ほどになれば水を補充してほぼ水になったコップの中身を飲むという姑息な手段を繰り返していた。これもきっと気づかれているのだろうが。


 それで?と続きを促す彼に少しだけ真実を混ぜた嘘を載せて、これ以上重要な情報を与えないように。私は話し続けていた。対抗していた。

 酒が本音なら水は嘘だ。今飲んでいる、注ぎ足し続けて殆どが水になってしまった薄すぎる酒。口から流れ出る嘘言とこの酒は同じだ。

 千夜一夜物語を思い出した。次はもっと面白い話だと物語を引き伸ばし続ける女の話。あの女もこういう気分だったのだろうか。

 彼女と私では何もかもが違う。私は話を終えてしまった所で殺されやしないだろうが、自らのプライドと直感が真実を隠せと警告するものだからそれに従って嘘を付き続けている。それだけだ。


 結局、何も変わらない。

 そんな私を知ってか知らずか、ガスタは楽しそうに相槌を打ち、深く切り込むような質問を的確に返してくるのだ。

 一体私の何が知りたいのか。同族だからではなく、商人だからでも無いだろう。意図の見えない、しかし私を苦しめる会話は続いていく。

 いつの間にか、周りの喧騒も耳に届かなくなっていた。




 給仕が空になった皿を下げ、ピッチャーの中身が再度水で満たされた頃には、参加者は半分ほどにまで減っていた。特に壁付近のテーブルは殆どが空いており、会場の中央にいる者を待っているか、潰れて寝ているかする者以外に居なかった。


「ねえレギナエ。まだ飲む?」


 周囲の参加者が帰ろうかとしている中でそう聞くのは、場所を変えようと言っているのだろう。

 正直もう帰りたかった。1ヶ月分は話したのではないかというくらいに喋り続けたのだから。顎が疲れている。


 話を聞いてもらうのは楽しかった。相槌も返答も完璧なものだから、気持ち良く語ることができたし、聞いてもらいたいとも思えた。しかしその分本心を暴かれるのが怖いとも思った。


「もう十分だ。」


 子供でも飲めるくらいに薄まった酒を飲み干してようやく器は空になる。


「そっか。」


 じゃあ僕も帰ろうかな。と立ち上がった彼と共に会場を後にする。外は暗い。かろうじて中途半端な形の月たちが空から地を照らしている。夜の冷えた風が私の装飾具を揺らした。


「今度はもっと話そうよ。レギナエ。」


 玄関ドアのガラスを通る光が、ガスタの顔を黄色く照らす。嘘みたいに整った顔だった。

 そこで漸く私はあの会話の中で、一度も彼の顔をまじまじとは見ていなかったのだと理解した。


「私はもっと静かな方が好きだ。」

「あんなに話してたのに。」


 お前が質問し続けるからだ、とは言わなかった。軽く手を振って別れを告げ帰路に着く。次の約束はしない。ただこのギルドに所属する以上、何時かはまた彼と会うことになるだろう。

 その今度が今日よりずっと疲れることを、なんとなく予感していた。




「レギナエ。君は思っていたより手強いね。」

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